サイアスの千日物語 四十七日目 その十三
詰め所でのゴタゴタをどうにか終えたサイアスは
出掛けるどころではなくなった、と言うロイエが
ベオルクの供回りから渡された追加の書状を得て
居室へ戻るのを見送った後、
「では武器工房へ行ってきます。
あ、先に厩舎に寄るかな……」
とデレクやマナサに告げ、
デネブに居室からカエリアの実を取ってきて貰い、
「厩舎か。俺も行くわ」
というラーズや
「俺っちも行くかなー。
ついでにランドも呼んでこよっと」
と自室に戻ったシェド、そしてランドを伴った
計5名で営舎の詰め所を発つこととなった。
「そーいやさー、
こうやって連れだって出かけるのって
初めてじゃね? なんか良いよなー、うんうん」
平原での大半の時間を離宮で友無く過ごしていたシェドは
すっかりご機嫌で騒いでいた。
「隊の皆で一緒に出動したのも、昨日が初めてだったしねぇ」
シェド同様、平原では大抵一人で自室に居たランドも
随分と嬉しそうにしていた。同い年であり、どうやら
これまでの行動様式も随分と似通っていたらしい、
外見はかなり凸凹なランドとシェドは
内郭を覆う蓋の間隙から漏れ落ちて薄暗がりの内郭に
競うように立ち並ぶ陽光の柱を興味深げに眺めつつ、
厩舎への道中賑やかにしていた。
サイアスらが厩舎へ着くと、丁度軍馬たちは水浴び及び
毛並の手入れの真っ最中であった。そこでシェドとランドは
昨日台車の牽引で世話になった大柄の輓馬の下へ。
ラーズはグラニート、サイアスとデネブはミカの下へと向かい、
毛並の手入れを手伝わせて貰った。
シェドの被るひょっとこ面の奇矯な面構えを
軍馬たちは最初訝しみ、次いでたいそう面白がった。
そしてシェドに向かって嘶いて
「お? 何だよこいつら。
俺っちの魅力にメロメロったか?」
と、とてもとても前向きな見解を抱いて嬉しそうに
ホイホイ近寄るシェドに対し、ゴスゴスと頭突きを仕掛けたり
尻尾でピシャリと叩いたりして遊びだした。
「うひょっ!? なんばしょっとか!?」
とシェドは素っ頓狂に叫び、馬たちが大喜びで嘶いて
さらにちょっかいを出してくるところを
「はは、こやつめ!」
と笑いながらシャカシャカと絶妙な体捌きで躱し始めた。
その様子に軍馬たちは益々盛り上がり、慌てた厩務員たちは
しきりに宥めに入っていた。
「おぉ、シェドの奴愛されてんな」
グラニートの背を流していたラーズが
可笑しげにそう言った。
「サイアスさんとはまた違ったモテ方だね……」
いまいち勝手が判らないため、柵や枠木、樽等の
手入れに切り替えて厩務員に恐縮されていた
ランドが首を傾げつつこれに応じた。
「……ふむ。よく見りゃ全部雄だな」
「えっと…… そっか」
ラーズとランドは何となく全てを悟り
それ以上のコメントは差し控えた。
サイアスは鼻歌交じりでミカの鬣を梳っていたが、
例によってクシャーナがこっちを構えと怒りだしたので
ミカはデネブに任せ、どうやらマナサを畏怖する厩務員たちに
最優先で手入れされ暇だったらしき気高きクシャーナの
ご機嫌伺いに向かった。
一通りの手入れを終えた後、
サイアスはデネブに用意して貰ったカエリアの実を
少量ずつ厩舎の馬20余頭全てに分け与え、
さらに厩舎宛にご褒美用の飼料としてカエリアの実を大袋で1
そして厩務員用として上等なエールを大樽で2発注する書状を
したため、厩務員の長へと手渡した。
カエリア王国の対外輸出の一角を担うカエリアの実は
大変高価であり、子供の胴程の大袋1あたり
勲功1000点とのことだった。
物資に限りある荒野であることを考えてもこの額は
かなりのものであり、厩務長は勲功1500点分の寄贈を
大層恐縮して拝領し、厩務員たちがこぞって敬礼する中、
一行は厩舎を後にした。
外郭北門の左手に隣接した第四戦隊専用の厩舎で
すっかり楽しんだ一行は、北門手前から内郭へ、そして
本城北口へと入り、目抜き通りの大路を南下して中央塔の
ある広場を左へと折れ、東大路へ進んで工房を目指した。
ラーズとランドは工房へ顔を出すのは初めてであり、
特にランドは工房特有の活気ある金属音や台車で運ばれて
くる資材の特有の香り、燃え盛る炎や飛び散る火花、
数々の工具や職人衆の腕の冴えに子供のように歓声をあげ
心ときめかせていた。
「なんだよランドぉ、
すっかり舞い上がっちゃって!」
シェドはランドの脇腹を肘でグリグリした。
ランドはその肘をふん捕まえてポイ、とうっちゃり、
「ここ、とてもいいね!
僕も何か手伝わせて貰えないかなぁ」
と目を輝かせキョロキョロしていた。
「兄ちゃん、鍛冶屋に興味あるんかい?」
手元へ回ってきた長剣に鍔を組み付け
柄頭を取り付け、と柄周りの仕上げをしていた
近場の職人が、苦笑気味にランドへと声を掛けた。
「とっても興味があります!
何か手伝えることないですか?」
ランドはどうやらやる気だった。
「ほうほう、見たとこ随分ガタイが良いな……
ちいと相槌でもやってみるか?」
「え!? 良いんですか!」
興奮するランドに職人はニカっと笑い掛け、
「宴絡みの仕事が片付いて丁度暇してたとこなんでな。
奥へ行ってみろよ。トンカンやってるから混ざってきな」
と何度か頷き首を回して向きを示した。
「やった! サイアスさん、
ちょっと僕行ってきて良いかな」
「良いとも。名剣よろしくね」
サイアスはくすりと笑ってそう応じた。
「えぇ、流石にそれは……
っと、じゃあシェドいこっか!」
「うぇ!? 俺も!?」
まるで返事を待つことなく、
ランドはシェドの首根っこを捕えて共に
職人の示した槌音の響く方へと進んでいった。
「やれやれ。まぁ当人が楽しいんならいいけどな。
んじゃ俺はここらで適当に冷やかしてるぜ」
「判った。ではまた後で」
ラーズは近場の台座に小遣い稼ぎとして
習作や上等な一品ものを並べ店員よろしく番をしている
職人の下へと向かい、会話しつつ色々と物色し始めた。
サイアスとデネブはこうした三者三様の男衆を見送った後、
最奥の巨大な炉に陣取るインクスの下へ向かうことにした。




