サイアスの千日物語 四十七日目 その十二
捨て台詞を吐き、高笑いと共に
ベオルクが詰め所を去った後、残された20を超す
兵士たちは、四戦隊特有の暢気な喧騒を取り戻しつつあった。
「はぁ…… どこまで本気なのか」
準爵の印章と書状を手に茫然としつつ、
サイアスがぐったりと呟いた。
立ち尽くしていたサイアスをデネブが巧みに椅子に座らせ、
ぶつぶつと呟くサイアスの手からロイエが書状を引き抜いて
つぶさにその内容を検め始めた。
どうやら一家でゴネているのはサイアスばかりであり、
嫁御衆はさっさと肚を括り、適宜処理を開始していた。
そうしたサイアス一家の有様を目を細め眺め
「フフ。まるで親子喧嘩みたいだったわね」
とマナサが楽しげに笑んだ。
「あー思った。
見た目はこれっぽっちも似てないけども」
姿がちゃんと見えているときは
マナサが別に怖くないらしいデレクもまた
マナサと同様の見解を示し
「ぇー」
と反応に困るサイアスに兵士らは苦笑し
しかし暖かく見守っていた。
「ねぇサイアス。
貴方は副長に、自分より偉くあって欲しいと思っている。
副長は貴方に、自分より偉くなって欲しいと思っている。
同時には成り立たないのだから、
どちらかが折れるしかないわね」
「……」
三夜で二国を滅ぼした泣く子も黙る暗殺者たるマナサは、
慈母の如き笑みを浮かべ優しくサイアスを諭した。
近くの壁際に立ち自身を見やるマナサを
見上げたサイアスに返す言葉はなく、
「貴方、副長には恩義を感じているのでしょう?
じゃあ大人しく折れて上げたらどう?」
「むー」
と唸るばかりであった。
「まぁいいじゃねぇか準爵くらい。
王家の抱える重圧に比べりゃ可愛いもんだって!」
斜め前方の人だかりから聞きなれた声でそう言われ、
サイアスは不機嫌なジト目でそちらを見やり、
「……クッ」
と小さく呻いて顔を伏せた。
サイアスは右手を口元に手をやり、
その肩は小刻みに震えていた。
「な、なんだよ……?」
件の発言主たるシェドは訝しげにそう問い、
サイアスは
「ク…… アハハ!
ひょっとこ王子に言われてしまった」
と堪えきれずに笑い出し、左隣の席に陣取るロイエの肩に
左手を置き、笑い苦しんでいた。何やらツボに入ったらしい。
ロイエはどこからか取り出したお気に入りの伊達眼鏡を掛けて
書類の処理に夢中であり、あぁはいはい、と
文面との睨みあいを続けていた。
サイアスのそうした様子を胡乱な目で見ていた
兵士らは改めてシェドの方を見やり、
「……え?
あれ、それよく見たらお面かよ」
「はぁ? そらそうっすよ」
「えっ? ……うぁ本当だ!」
「ふぁっ? 何すかその反応!?」
「全然気付かなかったぜ……
つか違和感なさすぎだろお前!」
「ちょっ!?
失礼過ぎるんじゃないですかねぇ!?」
などとテンション高らかに騒ぎ始めた。
話題がシェドに移ったことで一気に賑やかさが増し、
ひとしきり騒いでやや落ち着いたところで
ニヤニヤ顔のデレクがサイアスに語りかけた。
「まーアレだサイアス。
一応事情の補足をしておくと……
昨日魔を二柱始末したことを光と狼煙で知らされた
平原の連合軍から、今朝方返信が爵位付きで届いてなー。
直後に臨時の騎士会が開かれたんだよ。
あのおヒゲ様、酒と甘味にしか勲功を使わないもんだから
最早溢れるばかりになっててなー……
他に褒賞の施しようが無い状態になってたもんだから、
上層部はこれ幸いと爵位に所領付けて
まとめて受け取らせようとしたんだわ。そしたら
『褒賞なんぞのためにこうして戦っておるわけではない!
そんなものは不要であり、爵位や所領は言うまでもない!』
ってそれはもう面倒くさくゴネだした。
正直またかとは思ったが、今回ばかりは流石に上も
なかなか引き下がらなくてなー」
手指で額を押さえ、
軽く頭を振りつつデレクがそう言うと
「そこでブーク閣下が入れ知恵したのよ。
『爵位や所領は城砦騎士団に宛がわれたものですので
一旦受け取ってしまえば騎士団内部で委譲できます』
って。そしたらあのオジ様、急にニヤニヤし出してね。
『信賞必罰は軍の倣い。謹んでお受けいたす』
ってあっさり掌をくるりとね……
まぁそれで、こういう事になったのよ」
とマナサが肩を竦めて言葉を継いだ。
「……じゃあ最初から私のために爵位を?
面倒臭いだの云々は方便だったということですか?」
サイアスは真剣な眼差しでマナサに問うた。
「いいえ?
副長への爵位は既定路線。
そして面倒くさい云々は間違いなく本心よ?
あの赤黒のオジ様たちはね、とにかく面倒事が嫌いなの。
何せ、所領や爵位や婚姻といったあらゆる身を固める話から
もう20年近く逃げ回っているそうだから……」
サイアスの伯父であるグラドゥスの薫陶豊かな
剣聖ローディス率いる紅蓮の愚連隊の面々は
皆一様にお困り様であり、お気楽な生き方をこよなく愛した。
そのため世間体に関わる面倒なしがらみは大抵
既に所帯持ちであったサイアスの父、故ライナスに任せていた。
「……筋金入りのお困り様か……」
「そうね…… 武神殿と同様
貴方も既に所領や妻子や世間体で雁字搦めだし、
そういうコトは全て擦り付ける魂胆でしょうね……」
「何て事だ……」
サイアスは心から頭を抱え呻いた。
「素直に諦めたら?
まぁ悪いようにはしないわよ」
マナサは楽しげに笑っていた。
「そーそー、人増えすぎて提供義務がやばくなったら
その時は俺らが本籍移してやるから」
一件落着と見たデレクは
伸びをしつつそう言った。
「あぁ俺も俺も」
「いっそ四戦隊がまるごとラインドルフに移籍すりゃ
街程度までは平気なんじゃねぇか?」
周囲の兵士らは気軽にそう言って笑い合った。
「無茶苦茶だ……」
とサイアスは溜息をついたが
「ばっか、いーんだよ。
これぞ志願兵の特権ってもんよ」
と兵士らはふんぞり返ってのたまった。
驚きや感謝、責任や諦念、親愛や友誼といった
無数に湧き起る感情や想念に翻弄されつつも
やがてサイアスは意を決し、
「……そこまで言って頂けるのであれば」
と身を起こし、
いつもの澄ました表情となって
「準爵と言わず、いっそ王にでもなるかな」
と嘯き頷いてみせた。
なんだかんだで自分は四戦隊のノリに染まっているな、
とサイアスは内心苦笑していた。
「はは、開き直ったか」
「いいぞいいぞ!」
デレクや兵士らは愉快そうにしていた。
マナサもすっかり上機嫌となり、薄く笑った。
「ライン王国、そしてサイアス・ラインライヒ。
とても素敵な響きじゃない。楽しみにしているわよ」




