サイアスの千日物語 四十七日目 その十一
「爵位はより上位、または同格の者からしか授与できない。
よって副長、貴方は自身への男爵位授与を一旦形式的に
引き受けて、爵位の証たる印章と書状を手に入れた。
目的は爵位そのものではなく、下位の位階にある者への
爵位委譲権です。そして手に入れた男爵としての委譲権を
以て、私を1位下の準爵に任命することで
自らの男爵位を手放そうとしたのでしょう。
帝と王を除けば、王侯貴族たるものの爵位は
公候伯子男の5位。この下に爵位に準ずるものとして
準爵があり、さらにその下に平民との中間存在として
士爵すなわち騎士があります。カエリア王立騎士たる私は
貴族ではないが敬称の対象である、この士爵位です。
よってこれを一段引き揚げ準爵と成すなら、
委譲に関する形式上の齟齬が消え失せる。
要は副長。この準爵位授与は切っ掛けはどうあれ、
貴方ご自身への男爵位授与を消滅させるべく
貴方が意図的に仕組んだものであるということです」
サイアスは犯人を追いつめる探偵の如く
精緻な信憑性を纏った推論を流麗に紡いだ。
第四戦隊営舎の詰め所に集う大勢は、
こうしたサイアスの指摘を受けて大いにどよめいていた。
平原諸国の多くで見られる身分制度のヒエラルキーの中でも
ごく一握りの者のみが座することを許される頂点区画、
王侯貴族となるための足がかりと言える準爵位。
これをベオルクは駄菓子か駄賃かといった気軽さで
サイアスに投げて寄越したのだという途方もないこの指摘には、
いかにも事実であるようだという否定しがたい実感があったからだ。
「おー…… 大したもんだ。流石サイアス。
結局バレちゃいましたねー副長」
どうやら真相を知っていたらしいデレクが、
推論の正しさを証明するかのようにそう言ってニヤついた。
ベオルクは盛大に顔をしかめつつ
「お前は黙っておれ。
……サイアスよ。だったらどうした」
とまるで悪びれず問い返してみせた。
「何故貴方はご自身で男爵位を享受なさらないのです。
爵位授与の意義を御存知であるならば
そうしてしかるべきではないですか」
先刻まで平原諸国の王侯貴族の心情を代弁するかのような
言動を取っていたベオルクであれば、
当然自らに下賜された爵位を快く引き受けるべきであろう、
そうサイアスは主張していた。
「フン、素直に爵位を喜べば良いものを。
ワシに気がねでもしておるのか」
やれやれといった体でベオルクは述べた。
「当然です! 私は……
いえ、貴方は私より遥かに強く
遥かに高い戦歴と武功をお持ちなのに」
こっちがやれやれだと言わんばかりに、
サイアスはそう述べた。と、そこに
「『私は貴方を尊敬しているのに』って
はっきり言ってあげないと、このおじさんには通じないわよ?」
とマナサが楽しそうに茶々を入れた。
「……とにかく!
副長を差し置いて上位の爵位をいただくなどできません!」
マナサの言にサイアスは驚き、やや顔を赤らめ照れつつも
ぴしゃりとそのように言い放ってそっぽを向いた。
また、やたら理屈をこねまわして爵位を拒むサイアスの
言外に秘めた本心をマナサによってようやく知らされ、
ベオルクは一瞬泣きそうな表情をし、慌ててサイアス同様
そっぽを向いて誤魔化していた。
サイアスにとり、ベオルクは最も身近な憧れの騎士であり
伯父のグラドゥスに対するのと同様、どこか父親代わりと
見做している節もあった。父と等しく敬愛するベオルクよりも
自分が上位の官爵に付くことは、サイアスとしては
決して許せないことだった。一言でいうならば、サイアスもまた、
「……お前も大概面倒臭いヤツだな」
と、まぁそういうことであった。
「副長! 貴方にだけは言われたくありません!」
サイアスはベオルクの嘆息に対し、
これを不服として大いに食ってかかった。
「ハハハ、そりゃそーだ」
これにはデレクのみならず、
多くの兵士らが共感し苦笑いしていた。
「……ともあれお答えいただきましょう。
何故自ら男爵位を受けられ、
新たな所領の主となられぬのですか」
サイアスは尚もベオルクを問い詰め
「……答えても良いが、それで納得するのかね」
「しかるべき理由であるならば」
と、いよいよもって追い詰めた。
もっともベオルクは一向に焦りを見せず、
自らの持つ正当にして重大な理由を厳かに告げるべく
「無論しかるべき理由である。
……良かろう。では答えよう」
と述べ、あらゆる者の耳目を一身に集めた。
「お前に爵位を譲った理由。それはな」
その一言一句に皆が集中し、
固唾を飲んで見守る中
「面倒臭いからだ!!」
とベオルクはキメキメのドヤ顔でオラついた。
「……」
そして当然の様に、詰め所の総勢は
無言かつジト目でベオルクをガン見することとなった。
「ただでさえ戦だ特務だ軍議だで忙しいのに、
これ以上爵位だの一族とのしがらみだの
所領経営だの管財だの何だので、
ワシの大事な大事な、もひとつ大事な
スイーツ&酒呑みタイムが削られて堪るか!
そもそも完全新規で所領なぞ得た日には
最低向こう1年間は所領経営やら引き継ぎやら
挨拶周りやら何やらのために、平原に戻らねばならんのだぞ?
アウクシリウムでまったり食い倒れ飲んだくれリゾートならば
ともかくも、そんな煩わしいことは御免蒙る!
そうなればもともとの土地持ちに爵位を与え、
まるっとまるごと擦り付けるのが
一番良いに決まっているではないか。
対岸が新領地となるのは確かに利便性の面で
多少気の毒ではあるが、その程度は橋を架けるなり
艀を置くなり、なんとでもせよ!
とにかく! ワシは! 面倒臭いのがイヤなのだ!!
よってお前がやれ! 以上! では軍議に参る!」
ベオルクはえらい勢いで言いたい放題言い尽くした後、
呆れて絶句する一同や
「うわ、最悪だー」
と笑うデレクや
「ほんと、素直じゃないわね……」
と苦笑するマナサ、さらには
「この邪悪のおヒゲめ!!」
と罵るサイアスを尻目に
「フハハハ!! 何とでもほざけ!!」
と高笑いしつつ捨て台詞を吐いて営舎を発った。




