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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十七日目 その十

「それが平原西方諸国の御家の事情、

 というものですか……?」


ベオルクの語る王侯貴族の理屈とやらに、

サイアスは内心辟易へきえきとしていた。


「ふむ。お前の言いたいことは判っておる。

 然様な風聞に拘るならば、王侯貴族自らが

 荒野に出向き戦えば良いというのであろう? 

 騎士団長しかりそこのシェドしかり、

 三大国家の王侯貴族であれば、実際そうする者も多いからな」


ベオルクは苦笑気味に頷き、

サイアスの後方で様子を眺めるシェドをちらりと見やった。

普段なら即座に騒ぎ出すシェドではあったが、

今回ばかりは流れ弾を警戒し、観客その1として

目立たぬよう神妙にサイアスとベオルクの問答を見守っていた。



フェルモリアの王弟であるチェルニーや第七王子であるシェド。

元はトリクティア名門貴族の出であるブークや公女ウラニア等、

王侯貴族出身の城砦騎士や兵士もまた、少ないながら存在していた。

そしてサイアスは未だ知らぬことだが、カエリア王国に至っては

国王自らが輸送部隊を率いて平原と荒野を行き来している程であった。 

 


「お前自身、所領と民を守るべく

 自らを犠牲に捧げた小領の主だ。その心情は察するに余りある。

 だが平原西方の諸国家において、常備軍を有する国はごく僅か。

 豊富な資源と潤沢な人的資源を持つ三大国家なら知らず、

 血の宴による滅亡から未だ再興の途上にある

 今は街や町程度の小さな生活圏を治める王侯貴族の類に対し

 お前や三大国家の連中と同様に振る舞えと要求するのは

 些か酷というものであろう。

 

 三大国家や騎士団領のように提供義務の一部免除されている訳でもないし、

 軍隊や元城砦騎士が所領を警護している訳でもないからな……


 連中にしてみれば痛しかゆしといったところなのだよ。

 無理してでも城砦騎士団を支援せねば平原は滅ぶし、

 無理して支援すれば反乱や侵略で自領が滅ぶ可能性がある。

 比較的安定しているはずの中部から東方ですら、

 グウィディオンのようなならず者が暴れていたのだからな。

 いよいよ追いつめられてしまうと、かつてのトリクティアの様に

 提供義務を拒否し城砦陥落に至らしめる可能性もないわけではない。

 それだけは絶対に避けねばならん」


「……」


「ゆえに喩え囲い込みであれ気休めであれ位打ちであれ、

 くれるというなら、有難く貰ってやらねばならんのだ。

 それであちらが安心して支援を続けてくれるのであれば

 大変結構なことではないか」


「……そういう事でしたか。

 私は考えが浅かったようです」


「気に病むようなことでもあるまいよ。ともあれ

 オッピドゥス・マグナラウタス子爵しかり、

 クラニール・ブーク辺境伯しかり。

 そういう理由で荒野にいながら爵位を有するのだ。

 また騎士団長が平原諸国家の王族から選ばれるのも、

 単なる統制上の理由のみならず、そうした裏事情があるのだよ」


「成程なー」


サイアスは腕組みし、

すっかり納得して頷いていた。



「うむ、判って貰えたなら重畳だ。

 では話はここまでということに」


ベオルクは大仰にそう告げると、

そそくさと詰め所を立ち去ろうとした。が


「何を仰いますか。理屈は承知しましたが

 疑問は未だ残っております。まだまだ答えて頂きます」


サイアスは退路に回り込みさらに問うた。

サイアスには此度の一件においてどうしても納得できぬ

わだかまりが、まだ三つも残っていたからだ。


「……何だ、まだあるのか」


ベオルクはわずらわしげにサイアスを見やり、

サイアスは一向に意に介さず言葉を継いだ。


「ありますとも。むしろここからが本題です。

 城砦に対して平原より爵位授与の意向が入り、

 城砦がこれを快諾し構成員に与えることがあるというのは

 私にも十分理解し納得できました。

 特に此度の宴では魔を二柱も倒していますから、

 こうして爵位を贈って寄越すのは必然とすら見做して良いのでしょう。

 

 ですが、副長。何故私なのです? 

 爵位に相応しい武功を上げたのは騎士会の皆様であり、

 特に貪隴男爵を屠ったベオルク副長その人

 もしくは闇の御手を斬り伏せた剣聖ローディスその人ではないですか。

 一介の兵士に過ぎぬ私に爵位を与える前に、

 お二人方が爵位に列せられてしかるべきでしょう」


サイアスのわだかまりの一つ目はこれであった。

褒賞は公正に、秩序正しく分配しろ、と。

心身ともに潔癖症なサイアスとしては、

これは容易く譲れぬ線であった。


「それは上の決定だ。

 ワシの預かり知るところではない」


ベオルクは苦虫を噛み潰したような表情でそう言った。


「嘘おっしゃい!

 そもそも私は平原においてはカエリア王国の臣です。

 爵位授与となればそちらから頂くのが筋のはず。

 儀式も手続きもなくポンとやり取りできるハズもない」


「あー、それはそうね。

 私その手の書類扱ったことあるわよ。

 ランドのお父さんが帝政トリクティアの爵位持ち

 だったから、うちの傭兵団にも面倒な格式やら様式やら

 手続きがどっさりまわってきたのよね……」


ロイエは煩雑を究めた多量の七面倒な手続きを思いだして

げんなりしていた。なおトリクティアはかつて帝政であり、

今は共和制となっている。


「それにそもそも爵位って、

 より上位の爵位者からでないと与えられないはずじゃ?」


そしてロイエは野生の勘をも働かせ、

此度の一件におけるサイアスの二つ目の蟠りを突いた。


「然り。本来爵位とは絶対的支配者である帝や王、

 あるいは神権の保有者から下賜されるものであり、

 代執行においては上位の爵位に在する者からしか

 授与はできないものです。

 

 カエリア王立騎士の叙勲がそうであったように、

 委託を受けた同格以上の者でなければ儀を執り行うことが

 できません。今回の準爵位授与はそうした点で明らかにおかしい」


「……ふむ。

 なかなか小知恵のまわることではないか」


ベオルクは髭を撫で付け

何やら不敵な笑みを浮かべていた。


「ふふふ…… 

 どうやら先に色々語らせて、疲れさせてから

 一気に畳み掛ける策だったみたいね」


いつの間にか天井から降り立っていたマナサが

妖艶な笑みを浮かべ楽しげにそう言った。


「フン、以逸待労の計か? 

 だが生憎ワシにはこの程度造作もない」


ベオルクは鼻で笑ってそう言った。


「そうですか。

 では迂遠うえんな表現をやめ、単刀直入に問いましょう」


サイアスはそう言うと一呼吸置き、

いつの間にやらすっかり大きくなった人だかりの

耳目を一身に集め、そして此度の一件の最後の一つにして

特大の蟠りについて述べた。



「副長。男爵の爵位、そしてラインドルフ対岸の所領。

 これは貴方に授与されたものですね?」

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