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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十七日目 その九

城砦内郭北西区画にある第四戦隊営舎、その詰め所にて。

10数名の人影が絵画のごとくその動きを止め、

ただ視線のみを泳がせて、柳眉をひそめ不機嫌に押し黙る

準爵となったサイアスを見つめていた。


「どうしたね準爵殿。

 ふむ、感動の余り言葉もでないか」


片眉を上げ口元を歪めて髭を撫でつつ、

ベオルクはそのようにドヤついた。


「言いたいことは山ほどありますが、

 うまくまとまらず二の句が出ない。困りました……」


サイアスはムスっとしてそう述べた。


「ほぅ、それは残念だな。不肖このベオルク

 問われれば何なりと答えるつもりであったのだが」


ベオルクはさも残念そうに首を振り


「なれば爵位授与は滞りな……」


と全てを言い切る前に


「それでは言質を頂きましたので、順番に一つずつ

 何なりと質問いたします。適宜完答を願います」


とサイアスがジト目で言い放った。


「何だ、二の句が継げんのではないのか!?」


とベオルクは不満げに声をあげ


「気のせいでした」


しれっとサイアスはそう言った。


「こやつめ嘘をつきおったか!」


ベオルクは声を荒げて叱責したが


「嘘ではない! 武略です!」


サイアスは負けじと声を大にして言い返し、

周囲の者は他人事ゆえニヤニヤと楽しげに

親子喧嘩に似た様相の観戦にまわり、

いつの間にやらラーズやシェドも顔を出して

詰め所に集う人数は倍以上に膨れ上がっていた。


「えぇい小賢しいヤツめが!

 ……まぁ良いわ。もはや爵位は覆らぬ。

 何なりと問うてみるがよい!」


ベオルクは盛大に顔をしかめつつも

勝ち誇った余裕を以てその様に命じた。



「では。まずは今日及び明日以降の予定など」


大方の予想に反して、

サイアスの問いは真っ当過ぎる程真っ当なものであった。


「ふむ、城砦が籠城策を取っておるのは知っているな?

 籠城策はあと二夜続ける予定だ。籠城は騎士会及び

 第一戦隊が主導しておこなうゆえ、お主に統率の労を

 取らすまでもない。明日の日中まではゆるりと休養し、

 その後夕刻の全体軍議へワシと共に参ずればよかろう」


軍務上の問いを拒む理由などは端からないため、

ベオルクもまた過不足なく適切にこれに応じた。

これは言わば、敵の気勢を殺ぐサイアスの策謀だった。



勢いのある敵は無理にこれを相手にせず、

敵が一息いれて気の緩んだところを一気に襲う。

この策謀を「以逸待労の計」と呼ぶ。



「成程、そうですか。了解いたしました。

 次ですが、平原の人同士の戦であればともかく、

 荒野で魔や眷属と繰り広げる戦いに爵位なぞ無用に

 思えます。なぜこれを授与することになったのですか?」


サイアスは雑談でもするかのような調子で

物静かに問いを続けた。この様にベオルクは

納得、あるいは安心してヒゲを撫でつつ言葉を紡いだ。


「うむ。それは無理からぬ問いではあるな。

 喰うか喰われるかの生き地獄たる荒野にて

 爵位なぞ何の役にも立たぬという点については

 お前やワシのみならずとも、城砦に集う誰もが

 痛感しておるところだ。


 そうした我らに対してわざわざおこなわれる

 爵位授与とは、高度に政治的な背景事情あっての

 ものだと言わざるを得ぬ。

 

 ……まぁつまり、ぶっちゃけるとな。

 この爵位授与は平原諸国家の御家の都合だということだ。

 まったくわずらわしい話ではあるがな……」


「平原諸国家の、御家の都合……?」


サイアスは首を傾げ、問い返した。


「うむ。まぁ聞け。

 此度の宴においてもそうだが、我らは人智の境界を超えた

 この苛烈なる荒野において、ときに神にも等しい魔と戦闘に及び、

 これをしいしたてまつることがある。それはお前も既に身を以て

 感得しておることだろう。それで、この神にも等しい強大な魔に

 対し、我ら城砦側はその戦力のもの凄まじさを書面上で表現する

 にあたって、何とかこれら魔の強大無比な戦力の在り様を

 真摯に平原で書面を読むだけで決して自らは戦場へ立たぬ連中へと

 甚大な危機感を以て伝えるべく、平原の諸国家で各々支配的な

 立ち位置にある、王侯貴族への呼称を用いている。

 すなわち貪隴男爵であるとか、奸知公爵であるとか、

 まぁそういった具合にな」


「ふむ……?」


「こうすることで連中には如何に魔や眷属がヤバいかが

 ようやく想像できるのだよ。それでな…… 

 あくまで書面上の、決定的で致命的な戦力差を訴えるための

 方便的な表現であるとしても、魔を王侯貴族になぞらえて

 これを討伐するという構造が、連中には非常に問題らしくてな。

 

 いかな平原のためとはいえ、大抵は一介の平民に過ぎぬ

 我らが神や王侯貴族、すなわち平原における支配層を倒し

 平和をもたらす、といったそうした構造様式が現出することを、

 お貴族様たちは快く思ってはおらんのだ。なんとなれば

 平原諸国家の社会構造の内側でも、同様のことが起きる

 可能性を孕んでくるからな。

 

 極端な例で説明するなら、

 支持率の低い王家や圧政を敷く貴族などは、

 重税にあえぐ下々の民から魔と見做され撃破され

 平和をもたらされるといった悪夢に怯え、何としても

 平民が魔を討伐するといった風潮が拡がるのを

 抑制したいと考えておる。

 よって定期的に城砦側に爵位を授与し、

『王侯貴族を倒すのはあくまで王侯貴族である』

 という図式を堅持したいわけなのだ」


ベオルクはその様に語り、憂鬱そうに嘆息した。

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