サイアスの千日物語 四十七日目 その八
三々五々、小隊の男衆が居室から引き上げた後、
サイアスは暫くは応接室に留まって会話等を楽しみ
ソファーでゴロゴロとくつろいでいた。
ベリルに背中を指圧されたりロイエに脇をくすぐられたりと
休まるような休まらぬような、しかし楽しいひと時を経て
やがて壁の大時計が5時を示そうという段になると
「さて、ちょっと出てくるよ。
まずは詰め所で副長に指示を仰ぐ。
その後は中央塔で軍議か、そうでなければ工房へ」
と告げて立ち上がった。
「一応武装は整えていく。城砦から出る訳ではないし
心配は要らない。皆はゆっくり過ごしていて」
サイアスは飛天衣を纏い繚星を帯び
勝手にユハに巻き付かれて折れた八束の剣と刃の包みを持った。
するとすぐにデネブがギェナーとメナンキュラスを手に寄ってきた。
「あんた奸知公爵に狙われてるって自覚ある?
城砦内でも護衛は絶対必要よ。私も行くわ!」
呆れ気味のロイエは専用の上質な革鎧に特注の戦場剣
といった出で立ちでデネブと並び立ち、一つ伸びをした。
「フフ、まったく困った旦那様よね。
それじゃあ今日は二人にお願いするわね。
私は先日頂いた生地と糸で揃いの着物でも仕立てておくわ」
ニティヤはそう告げると
かつてローディスとベオルクから下賜された
最上等の羅紗の反物と金銀の糸を並べ、
鼻歌交じりで思索を始めた。
「では私は残務処理を」
ディードはその様に嬉しそうに微笑みつつ
卓上に残された書類へ向かい、残るベリルは
「勉強してます。そのうち私も護衛します!」
と力強く宣言した。
こうしてサイアスの意向などまるでお構いなしに
女衆は次々に役割分担をし、一家全員の行動方針が決定した。
「ふむ、判った。それじゃ宜しくお願いしようかな。
工房に行くことになったらお土産貰ってくるね」
サイアスはやや苦笑しつつ、しかし逆らうこともなく
デネブとロイエを引き連れ居室を後にした。
サイアスらが一礼して詰め所へと入ると、
10名程の兵士らが装備の手入れをしつつ雑談をしており、
奥にはベオルクやデレクの姿もあった。
「起きたかサイアス。もう良いのか?」
供回りと書類のやりとりをしていた第四戦隊副長ベオルクは
サイアスの姿を見とめると何故だかやけに嬉しそうに声を掛けた。
「御心配をお掛けしました。もう万全です」
サイアスは威儀を正して敬礼し、すぐに姿勢を解いて軽く笑んだ。
入砦してすぐは緊張一辺倒だったものが、随分砕け馴染んだものだ
とサイアスは自分の変化に苦笑していた。
「良い。お前とお前の配下の奮闘振りについては
オッピドゥス閣下とルジヌより、それはもうたっぷりと
聞かされておる。大した将帥であり勇士であったとな。
二戦隊の兵士たちもお前にいたく心酔しておった。
剣聖閣下からは兵士らを全て生還させたことに対し、
くれぐれも礼をと仰せつかっている。
上官としてワシも非常に鼻が高い。よくやったぞ」
ベオルクはすっかり相好を崩し、サイアスを労い
ロイエやデネブを称賛した。ロイエはしきりに自慢の
金髪を撫で付け、デネブはモジモジと甲冑を鳴らして
共に照れている様子だった。
「それにな、サイアスよ。お前、ミカに騎乗している際は
戦力指数が12を超えておったそうだぞ。
すなわち馬上であれば、既に城砦騎士に匹敵するわけだ。
何とも美事な成長振りではないか」
「おー」
サイアスとロイエは感嘆の声をあげた。
先日のできそこないの首を飛ばした槍撃や
大口手足増し増しを斬断した剣撃はけしてまぐれでなどではなく、
ミカの力を借りたとはいえ騎士級の冴えが成したのだと悟り、
サイアスはとても誇らしい気持ちになった。
「このまま鍛錬を積めば、いずれは馬の力を借りずとも
絶対強者たる城砦騎士の域に届くだろう。
今後も精進するがよい」
ベオルクは満面の笑みで何度も頷きそう述べて
「これはお前の目を瞠る成長と活躍に対する、
ワシからのささやかな祝いの品だ。取っておけ」
と、拳大の羅紗の包みを差しだした。
「何と、副長……
わざわざ有難うございます……」
サイアスは畏まり、感極まって深々と一礼して、
ベオルクの差し出す包みへと両手を差し出し、
ベオルクの手からサイアスの手へと包みが移った。すると
「……受け取ったな」
先刻までの好々爺の如き笑顔はどこへやら、
不意にベオルクが表情を変え、
ニマリと普段の不敵な笑みを浮かべた。
「……返します」
とてつもなく嫌な予感がして
サイアスはベオルクに包みを返そうとした。
「ならんな。それはもうお前のものだ。
覚悟を決めて中身を検めよ」
ベオルクはひょいと身軽に飛び退いて
驚く供回りや兵士らの見守る中、隣の席へと移動した。
「むむ…… 一体何事なのか」
サイアスは不審と不信に満ち満ちながらも
羅紗の包みを紐解いた。すると中から鍍金の施された
金属片と書状が姿を現した。金属片の底面には紋様上の溝が刻まれ、
書状には城砦騎士団と西方諸国連合軍、さらには
騎士団長チェルニー・フェルモリア王弟殿下の紋章と署名。
そして
「……準爵位授与!?」
サイアスが珍しく素っ頓狂な声を上げ、
事情を知っていたらしきデレクが笑い出した。
頭上からはマナサの忍び笑いも降り注いだ。
「うむ! これよりお前はサイアス・ラインドルフ準爵である!」
呆気に取られるサイアスに対し、
ベオルクは声高らかに宣言し、詰め所内の兵士らがどよめいた。
「準爵位とは騎士の上であり男爵の下。
貴族階級への準備段階といった位置にあたる。
呼称はこれまで通りサイアス卿、または兵団長閣下
ということになろうな。
本来は男爵位の授与と行きたいところだが、
爵位に相応しいだけの所領の発展を待つことになった。
また、爵位授与と同時に現ラインドルフの対岸域が
新たにお前のものとなる。さらに新旧領土の周辺については
開拓次第、切り取り次第ということだ。
伯父上や御母君、アルミナ殿の驚く顔が目に浮かぶな……
まあ領地経営の実際の労苦は副長、いや、ワシではない。
伯父上グラドゥス殿に任せておけ。フッフッフ……
オホン、ともあれサイアス・ラインドルフ準爵よ。
平原のため、城砦騎士団及び西方諸国連合のため、
今後とも益々の忠勤に励むがよい」
ベオルクはヒゲを撫でつつ高らかに、
そして楽しげにそう告げた。




