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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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断章 再び古城にて その2

平原の北西、湖水地方にはかつて栄えた街の跡があり、

中央の大きな湖の畔には苔生こけむした瓦礫がれきが拡がっていた。

その湖の中心には島があり、古びた城館が建っていた。

人の気配など微塵もなく、ただ夏の虫と星々のささやきが

涼しげな音色を響かせる中、朽ち行くばかりのはずの

城館の一室からは、淡い灯りが漏れていた。



「どうやら口だけではなかったようね。

 本当に素晴らしい料理だったわ。

 貴方、領主より料理人が向いていたんじゃない?」


これでもかと出された大小様々の皿に盛りつけられた、

眼が舌鼓を打ちそうな御馳走の数々。そのことごとくを

綺麗さっぱり平らげて、そっと薄絹で口元をぬぐった

メディナが満足げな視線を投げかけた。


「料理は錬金術です。要は試行回数がモノをいう訳です。

 我が家中はとかく主への扱いがぞんざいですからな。

 既に私は家中の誰よりも農耕狩猟炊事洗濯といった

 あらゆる生活系技能に長けておりますとも」


視線の先では古式ゆかしい礼服に艶やかな黒のエプロンをまと

執事よろしく気取って立つ、城主たる貴人が笑んでいた。


「よくぞそんなになるまで放置されるものだわ」


メディナはさも哀れといった風に寸評を述べた。


「はっはっは、いや照れますなこれはどうも」


しかし貴人には効果がなかった。


「……」


「何はともあれメディナ殿。

 夜明けも徐々に忍び寄っております。

 そろそろ今宵の要件など」


ジト目で見つめるメディナに向けて

貴人は手を差し伸べて促した。


「えぇそうね。

 まぁ前回同様あの子の様子が気になったという、

 ただそれだけの事なのだけれど。

 ……まさか死んだりしてないでしょうね」


メディナは恐ろしく剣呑な目付きで貴人を見据えた。

貴人はおどけた風に首を振り、


「何故私に然様な眼差しが向けられるのかは

 とんと理解に苦しむところですが、大丈夫です。

 私はSからMまで一通り網羅しております。

 ただし対応年齢にはその、げふんげふん……

 まぁあの君に関しては勿論ピンピンしておりますよ、

 それどころか順調にこちら側へと育っておりますなぁ」


とにこやかに述べた。


「へぇ、そうなのね?

 一瞬殺意が沸いたけれど、これも大事の前の小事。

 まずはあの子のことを聞かせてもらいましょう

 私も随分丸くなったものだわ……」


「確かに確かに。

 かつては栗か海栗うにかといった尖りようでしたからな」


懐かしげに語るメディナに

貴人は深々と相槌を打った。


「爪や牙を研ぎ澄ますのは

 勿論怠っていないけれど」


自認はよくても他認は気に喰わぬらしく、

メディナの目つきが些か鋭さを増した。


「おぉ、これはまた恐ろしい…… そうですね。

 ここの所連日戦闘をこなしているようですから、

 正確な数値の測定には数日頂いた方が宜しいかと」


「そうなの? まぁ無事でやっているという事なら、

 今回は雑観のみで結構よ。また後日改めてお願いするわ。

 まだまだ先行きは長いのでしょうから。

 

 それにしても、相変わらず忙しい子よね……

 この時期荒野で何かあるの?」


サイアスの身の上をおもんばかってか、

メディナは表情を翳らせそう問いかけ


「宴ですな」


貴人は簡潔にそう答えた。


「宴? 何の?」


「魔、です」


「まぁ……」


「……」


「……何よ?」


「……いけませんなぁ。魔ぁ、などと。

 まったくもっていただけない!

 いかにメディナ殿といえど、この業界は厳しいのですぞ」


貴人は失望感を露わにして俯き気味に首を振り、

その様をメディナはジト目で見やった。


「貴方って首を絞めれば死ぬのかしら」


「何度か馬乗りでやられましたが、依然斯様かよう矍鑠かくしゃくと。

 しかしこれはまた、熱烈過激な愛の告白ですな」


貴人はドヤ顔で苦笑した。


「頭が痛い。貴方の頭を割れば治るかしら」


「過激過ぎますな…… 

 過激に加撃で感激素敵! なんつって!」


「……」


「そう言えば『チョン切りたい程好きよ』

 と言われたことはありますぞ!」


貴人は身を乗り出し、

とっておきの逸話を語りだした。


「うるさい黙れ」


「ハサミ片手で目が据わっておりました」


「あとひと手間が世界を救ったのに」


「所有者氏名を入墨されそうになったことも……」


「サッチニッチフェッチはアッチでお願い」


「OH、アウクシリアンジョーク! HAHAHA!」


「」


夜半よわみぎり、星月の影なる城館に

濃密な殺意が充満した。

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