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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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断章 再び古城にて

本編とはまた風合いの違った、オマケ的なお話を3話程続けます。

どうぞお気軽にお楽しみください。

東西に長い楕円に近い、人の生存圏たる平原。

その北西、霊峰の連なる冷厳なる山麓よりやや下った

水源地帯には、かつて水の文明圏に属した古い街の跡が在った。

湖水地方と呼ばれるこの領域の中央には

深々と麗しい水を湛えた大きな湖があり、湖の中央には島がある。

そして島には古びた城館がたたずんでおり、

遺跡だらけの地にあって夜ごと茫洋と灯りが見えるという。

その様を見掛けた者は一様に、口を揃えてこう述べた。

曰く、あの島には魔が住んでいるのだ、と。



夏の日差しが大地を焼き

目に見えぬ炎を焚きあげてやがて退き

再び夜の帳が湿ったかいな

たぎる大地を優しく撫でて冷やした頃。

草木が寝入り時折虫が鳴く程度の静かなこの夜、

灯りの灯った古城の一室では

主たる貴人がせわしなく動いていた。


一室の外れにはバルコニーがあり、

バルコニーの外には湖面が拡がり、湖面には銀月が揺らいでいた。

と、バルコニーのテラスにどこからか銀白色の霧が流れ着き、

やがて人の形をかたどって質量を手に入れ、室内へと進んだ。



「お邪魔するわよ。

 ……あらどうしたの?

 また人類が滅ぶのかしら……」


凝固した白銀の霧は妖艶さの溢れる

しかし歳若い女の姿となってそう言った。


「おぉ、メディナ殿!

 いやはやこれはお恥ずかしい。

 妙なところを観られてしまいましたな。

 ですが私とて、居室の掃除くらいはいたしますぞ」


「そうでしょうとも。

 そして私が問うているのはそこではないわ。

 貴方のまとうそのフリフリピンクな花柄エプロンのことを

 おののきを感じつつ問い質しているのよ」


古式ゆかしい礼服を纏ったその貴人は

合う合わないでいえば論外出直せ的な水準に時代錯誤な齟齬そごを含む

なんとも華やかで可憐なエプロンを着用し、居室の清掃に臨んでいた。


「いけませんなメディナ殿。

 魔術をたしなむものであれば、表象への人智的解釈など

 無意味であるとご存知でしょうに」


「私は欠片も人智的な解釈を主張してはいないわ。

 現象学的に還元された神智的で根源的かつ本質的な直観に基づいて

 貴方の在り様が不気味だと訴えているのよ」


「成程判りました…… 

 要はツンデレというやつですな!

 いやいやメディナ殿も業がお深い……」


貴人は合点がいったとばかりにメディナへ頷き、

小粋な一礼と共に手入れ済みの椅子を勧めた。


「相変わらず会話が成立しないわね……

 というかスピカはどうしたの? 

 こんなにこじらせるまで放っておくなんて、

 保護者としての見識を問われても仕方がないわね」


メディナは首を振って溜息を付き、

艶やかに磨き上げられた優美な曲線を持つ椅子に腰掛けた。


「メイド風情に保護者面されるいわれはございませんが、

 真面目に家事るというならばそれもまた良し。

 ですがちと面倒なことになっていましてね……

 アレは今、自室に引きこもっておりまして」


どうやらスピカとは、闇と同化する恐ろしく色白で

眼の赤い、そして口の悪い件の使用人の名であるらしい。

そして件の使用人は使用人でありながら、

主以上に悠々自適を満喫しているらしかった。


「まぁ。齢数百を経て遂に堪忍袋の尾が切れたのね」


メディナはさもありなんと同情心を露わにした。


「何の、アレは元々キレっぱなしですぞ。

 特に刃物の扱いは剣聖級で…… とまぁそれは良いとして。

 あの不肖のお困りツンギレメイドたるスピカはですな。

 私の開発した新作ゲームにドはまりして絶賛廃プレイ中です」


貴人はやれやれといった風に両肘を体側に付け

掌を上向けとして二の腕を左右に広げてみせた。


「もうちょっと時代考証を踏まえた発言をしなさいよ」


「おっとこれは失礼。 

 先だって水の乙女から提供された技術を用い、

 水壁を画面と見立てて遊ぶ遊戯を開発したのですが、

 それをえらく気に入ってしまいましてね。

 睡眠も食事も要らぬ身ですので、文字通り

 不眠不休でやり込んでおりまして」


「あらあら。それは大変ね……

 まぁ向こう数十年もやり込めば飽きるでしょう。

 それくらい我慢なさい。ほんの一眠りでしょう?」


メディナは紫の宝石で彩った乳白色の指を顎に添え、

小首を傾げて苦笑した。


「時折タチの悪い魔女がカチ込みに来なければ、ですなぁ」


貴人は左手を腰に当て、

右手の指で額を押さえつつ嘆息した。


「よく言った。城ごと燃やしてつかわそう」


メディナの真紅の瞳が炎の如くに輝きを放った。

その様子に貴人は大いに慌て、


「おぉ、いけませんぞメディナ殿! 

 銀月も霞む美麗な面影にかげりなど、

 けして似つかわしくはありません!

 

 ……あぁ、判りました判りました! 

 茶と食事! 腹が減っておるのですな!」


とポンと手を打ち納得して見せた。

 

「……貴方は私を何だと思っているのかしら?

 勿論茶と食事とやらに興味が無い訳ではないけれど。

 この城の料理が平原一なのは間違いないものね。

 けれどスピカ抜きで御馳走なんて、

 果たして用意できるのかしら?」


メディナは挑発的な眼差しを貴人に向けた。

貴人はこれに笑みを湛えて頷き

 

「お任せください。私これでも家人からのネグレクトには

 慣れっこですので、何だって一通りのことはできますとも」


と得意げに語った。


「慣れられる程の悪行を重ねられてきた

 家人たちの労苦を思うと、こぼれる涙も乾くことはないわ」


メディナは目元に手をやって

俯き首を小さく振り悲嘆の情景を装った。


「おぉ、メディナ殿。挙措が私に似てきましたな。

 成程、これが愛というものか……」


貴人は嬉しそうというよりは

深刻そうな表情で腕組みをして頷いた。


「さっさと行きなさい!

 急がないと城ごと丸のみにしてやるわ」


「ただちに!」


貴人はさっと手をかざし、気配も残さず消え失せた。

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