サイアスの千日物語 四十七日目 その七
「なぁ。お前らってさ。
気になったりしねーの?」
一杯で勲功100点はかかる特盛特製な果実酒を
たっぷり優雅に堪能した後、シェドがその様に切り出した。
「何が?」
シェドのすぐ隣でうっとりと余韻に浸るランドが
上の空といった体で問い返した。
「何がってそりゃ、
俺が仮面付けてる理由だよ」
「ん、あぁ……」
ランドは今思い出したかのような風で
「そういえばそれ、仮面だったね…… ははは」
と暴言を吐いてみせた。仄かに酔いもまわったようで
ランドはやや笑い上戸となっていた。
「ちょ、ランドさん!? 流石に酷くってよ!!
てか他の皆はどう思っとん? はい順番に発表する!」
憤慨したシェドは発表会を仕切った。
「ウザ…… 別にぃ?」
ロイエはさも嫌そうに舌打ちし
「特には……」
ディードは律儀に無関心を主張して
「どうでもいい……」
とラーズが早々に結論を導いた。
「こりゃおみゃあら! 無関心が過ぎるがや!
もっと歩み寄らんといかんぜよ!
おぃ隊長! お前からも何とか言ってくれ!!」
相変わらず謎の口調でしかし流暢に不満を主張し、
シェドはサイアスへと話を振った。
サイアスは果実酒の天辺に盛り付けてあったカエリアの実を
匙で掬ってベリルの口に運び、満面の笑みで喜ぶその様を見て
ニティヤと共にほっこりしていたが、
「その件なら報告書に顛末が書いてあった。
当人の名誉のためと思って黙っていたけれど、
皆に知って欲しいのかい?」
とシェドの方を見やることなくそう応じ
「それなら先日のお手柄もあるし、
ひとつ読み上げて差し上げようか」
と報告書をペラペラとめくり
そのうち1枚を摘み出した。
「うぇ!? マジかよ!!
たんま! 今の無しやめて!
興味を持って欲しいだけで知られたくはないのぉっ!
やめて恥ずかしい! 死んじゃうっ!!」
シェドはそう叫ぶとクネクネとウネり出した。
「黙れ! キモい!」
「大口手足増し増しの触手のようですね……」
ロイエが吠え、ディードが不快感を露わにした。
一方の男衆はというと
「クックック、
そりゃまた興味深い話じゃねぇか……」
「うんうん、気になるねぇ。
あ、サイアスさん。シェドは僕が抑えておくので
どうぞ読んじゃってくださいなー」
と新たな伝説の誕生に期待し、
シェドの妨害を物理的に防いだ。
「はーい。それでは……
報告書に曰く、退路の本陣から城砦まで一息に走破し
状況を報告したシェドは、疲労困憊のため
城門に辿りつくやその場で倒れ、駆け付けた祈祷師から
回復祈祷を受けてそのまま寝入ったのだそうな」
サイアスは抑揚なく淡々と報告書から引用し説明した。
「ほぅ、なかなかに劇的じゃねぇか」
ラーズは楽しげに間の手を入れ
「あー、回復祈祷ってアレかぁ。
確かに眠くなるわね」
とロイエが経験からそう語った。
「同感だ。ちなみに営舎の寝台にも
簡易の回復祈祷が仕込まれているから、
ちょっとした疲れや小傷はすぐに治るみたいだね。
……それで寝入ったシェドは大事を取って中央塔付属
参謀部の施療室に運ばれ、午後8時頃に目覚めたのだそうな。
目覚めたシェドはすぐに居室へと戻ろうと施療室内を徘徊。
そして別室にて治療中のセメレーと遭遇した、と」
(……)
デネブが冷徹にシェドを見据え
「……アンタ、まさか裸を」
「覗き? 今すぐ死ぬべきね……」
ロイエとニティヤがその様に断罪し
「……」
ランドが量刑を定めるようにシェドを見た。
「待て! ちょっと待て!!」
「最低……」
「ぬぉっ、ベリルまで!?
ちゃう! ちゃうねんて!
俺は潔白だ! 無罪なんだぁっ!!」
取り押さえるランドの圧倒的な膂力と肉厚に封じられ、
シェドはもぞもぞと気持ちだけもがいた。
「まぁ潔白かはともかく、無罪ではあるかもね。
セメレーは普通に服を着ていたらしいから。
ただ、セメレーはちょっと特殊でね……
日がな一日年がら年中、常にあのピンクの甲冑を
着込んでいるせいか、甲冑を脱ぐのは全裸になるより
恥ずかしいんだってさ」
サイアスはそのように補足した。
第二戦隊に所属する城砦騎士アクタイオンの娘である
城砦兵士長セメレーは、父と同様常にピンクのド派手な
プレートメイルを身に着けていた。軽装だらけの二戦隊では
異質中の異質ともいえる重装振りは、その大声と同様
広く城砦内でも知れ渡っていた。
「……セメレーは私がまだ二戦隊にいた頃、
共に城砦騎士を目指す良いライバルでしたが、
湯浴み以外であの甲冑を脱いだことは
ただの一度もありませんでしたね。
就寝中も甲冑のままです。当人曰く、
『私は甲冑が無いと、か弱い美少女に戻ってしまうのだ!!』
だそうで」
ディードはややセメレーの声色を真似て
そのように述べた。
「成程、常在戦場、というヤツなのかな……
ともあれ闇の御手討伐隊に参加していたセメレーは
魔の返り血で甲冑が凝固し行動不能となってしまって、
施療室で祈祷を受けながら自慢の甲冑を全て脱がされた
のだそうだよ。そしてそこをシェドに目撃された、と。
セメレー当人としては、湯浴みを覗かれるより
恥ずかしかったのかも知れないね」
サイアスは尚も淡々と話した。
「やっぱり覗きじゃないの!!」
「ふぁっ!?」
激高したロイエによりシェドは激しく一喝され、
女衆からより一層の冷たい視線を向けられた。
「……それで狂乱したセメレーに思いっきり
顔を引っぱたかれ、シェドはそのまま
夜中まで意識を失っていたのだそうな。
すぐに回復治療がなされたそうだけど、
セメレーの一撃は相当凄かったらしくてね。
シェドの顔一面には真っ赤な手形が残ってるんだって。
報告書に曰く、あと一週間は消えないそうだよ。
セメレー体格良いし、あの膂力だからね……
それで。シェドを哀れに思った祈祷師の一人が
私的に収集していたお面の一つをシェドに
譲ってくれたんだそうな。それがその
『火男』なんだってさ。良かったね」
サイアスは報告書を読み上げ
にこりとシェドに微笑んだ。
「なしてじゃ! よかねぇわい!!」
シェドは泣きそうな声で憤慨し、
ランドは肩を揺すり、ラーズは隠そうともせず
共に盛大に笑いこけていた。
「ともあれ、こういった訳で
シェドは当分お面のままみたいだけれど、
特に困ることもないし、皆気にしないでやってね。
それでは話はここまで。お開きにしようか。
皆今日は全休ということでゆっくり過ごすといい。
また明日の朝にでも集まって話そう」
サイアスは掌を上に向け右手を小さく右前に流し、
軽く微笑んでその後ロイエと共に書類退治に入った。
「あいよ、ごっそぉさん。
良かったなシェド。新たな伝説ができてよぉ」
笑顔のランドに手荷物の様に運ばれていくシェドを
クツクツと肩を揺すってニヤニヤと眺め、
ラーズは軽く後ろ手を上げ退出した。
「うまぐねっ! まんずうまぐねぇどっ!!」
シェドは尚も大声で何事かを喚いていたが、
やがて居室の扉が閉じられ、妖しげな叫びは聞こえなくなった。




