サイアスの千日物語 四十七日目 その五
すったもんだを経て応接室の大きな卓についた
サイアス小隊の男衆に対し、すぐにデネブがおしぼりと
茶を給仕して、まずはと軽く楽しむことになった。
熱量に乏しい荒野の夏とはいえ、営舎のある内郭には
「蓋」がなされ、多量の篝火が焚かれていた。
そこで暑さを感じることのないよう、
氷水で容器ごと熱を取った茶が提供された。
「デネブの煎れてくれるお茶は本当に美味しいねぇ」
仄かな果汁の香る琥珀の泉を僅かずつ口に含み、
その風合いを楽しむランドが笑顔で言った。
「確かにな。安心して堪能できるぜ」
ラーズもまた同様に請け合い、
(ありがとうございます)
とデネブは満更でもなさげに一礼した。
「うむ、なかなかのお点前よのぅ。
俺っちに匹敵するでおじゃる」
「手前、言うに事欠いて……」
上機嫌でのたまうシェドに対し、
ラーズが盛大に顔をしかめた。
「先日僕とラーズはシェドの煎れたお茶? で
死にかけたからね…… やはり求められているものを
そのままに出して見せる才は素晴らしいと思うなぁ」
ランドはしみじみとそう言った。
三者三様の男衆に対し、ロイエが
「死にかけた、ってどんなお茶よ……」
と問いかけたところ、
「焙煎した豆を使う、フェルモリアの飲み物らしいんだけどね。
多分普通に煎れたら独特な風合いで美味しいんだろうけど」
とランドが説明し、それをラーズが引き継いで
「あぁ、元は黒っぽくて香りの強い、苦めのシロモンらしいが。
こいつはそれに、砂糖と卵黄とハチミツと練乳を
それはもうドバドバと……」
「……」
「仕上がったブツは何つぅか、
肌色に近くてキトキトにテカっててな」
「よく飲む気になったわねアンタら……」
ロイエやディードは呆れた表情で男衆を見やった。
いつの間にかサイアスの左脇に座っていたニティヤは
首を左右に振って溜息をついていた。
「それがね? 当のシェドはそれを美味しそうに
ガブガブじゃぶじゃぶと飲むんだよ。
だからこっちも釣られてつい、ね……」
「えぇい黙りゃぁ!
味の判らん愚者どもめが!」
ランドの物言いに最早勘弁ならじとシェドが吠えた。
「味覚障害でしょうか……
それではデネブの茶に味がしないのでは?」
サイアスの二つ右に座るディードは
右の手指を顎に添え、神妙な面持ちで考え込んでいた。
「これはこれで美味いっす!」
シェドは即座に論じ返した。
「恐ろしく懐の深い味覚をお持ちで……」
「おぉ、なんかかっけー表現きた!」
「それはどうも……」
浮かれるシェドにディードはやや引いていた。
「さて、少し真面目な話をしても宜しいか」
淡々とそのようにサイアスが切り出した。
「俺っちはいつだって超真面目だぜ!」
当意即妙にシェドが応じ、
ラーズとランドは肩を竦めた。
「判った。それでは。
まずは皆、先日の特務お疲れ様。
普段の特務も勿論重要なものなのだけれど、
先日のはまた格別でね。書状に曰く
『世界の支配者たる大いなる魔の一柱を弑し
さらに別の一柱による策謀を打ち破って
敵勢力に少なくない被害を与え、
平原の恒久的平和の実現に大いに資する
ところとなった』
のだそうだよ。是非とも自らの働きを誇ってほしい」
おぉ、と居室内に声が響き、各々知らず顔を綻ばせていた。
ただしサイアスのすぐ右脇のベリルだけは、
気恥ずかしそうに目を伏せていた。
サイアスはひょいとベリルを捕まえて膝に乗せ、
「ベリルは王や将と同じだよ。
そこに居るだけで皆が安心して戦えるんだ」
と、驚くベリルの頭を撫でた。
「あ、ありがとうお父さん……」
ベリルは頬を赤らめてそう言い、
すぐにモジモジと自席に戻った。
その様を見たシェドは
「お、おおお、お父さん!?
おとーさんぅをとぅおーさん!?
まぅおーぅおぅおぅーおぐぁあーっ!?」
と謎のテノールで半疑問形を保ちつつ歌いだし、
「黙れ小僧!」
とロイエに叱られた。
「話進めていい?」
と述べるサイアスに
「どうぞ我が君。下々を慮る必要はありません」
とディードが助言し、ニティヤやデネブは頷いていた。
「判った」
「判るなよ!?」
フェルモリア第七王子の憤慨空しく、
サイアスは淡々と説明を続けた。
「ともあれ特務の報酬として、
参加者全員に勲功5000点が支給された。
さらに退路で防衛戦を主導した我が隊には撃破報酬も含め
50000点。配分はこちらに一任とのこと。
そこでラーズ、ランド、シェドの3名には追加で5000点。
参加者報酬と合わせて10000点ということにしようと
考えているけれど、どうだろう」
荒野に突出した中央城砦においては用を成さず嵩張るだけの
金品の代わりとして特別な貢献を果たした者に与えられる勲功は
1点が平原兵士の一日分の俸給と同等であり
平原兵士の年給は概ね200点であるとされていた。
つまり勲功10000点とは平原兵士が一生涯に稼ぐ額を
大きく上回るものであった。もっとも地理的に隔絶した荒野の事、
使い道は限られる。平原まで戻れば換金も可能だが、大抵は
城砦内での飲み食いや利便性のために用いられていた。
「俺は要らねーや。適当に処分してくれ。
代わりに今後もツケで頼むぜ」
千金に値する勲功を前にしても、
ラーズは常と何ら変わるところがなかった。
「判った。フフ。
ラーズは当家の食客扱いで」
「ハハハ、普通に家臣で構いやしねーよ。
今後余所に仕えることもねぇからな」
これまで数多の主君の誘いを蹴って
ひたすら個人傭兵に徹してきた平原での活躍を
知る者ならば、目を剥いて卒倒しそうな発言を
ラーズはさらっとしてみせた。またその発言には
生きて平原に戻る気はないというラーズの覚悟が垣間見えていた。
「そう? ではその申し出、有難く御受けしよう。
今後、ラーズは我がラインドルフが後見する」
やはり同様の覚悟を決めているサイアスは
死出の旅路の供を頼もしく受け入れ、薄く笑って頷いた。
弓一張りを手に平原の戦場を渡り歩いた名うての傭兵
「魔弾のラーズ」はこうしてラインドルフ家の臣となった。
「ランドはロンデミオン復興のこともあるから、
勲功は自身で管理運営した方がいいだろうね」
「あ、うん。そうさせて貰うね。
夢って大事だと思うんだ。笑われるかも知れないけれど」
サイアスの言に、ランドはややはにかみながらそう応えた。
「誰も笑ったりはしない。
いつかきっと、ランドの夢が叶うと信じているよ」
サイアスは真顔で、仄かに目を細めて頷いた。
「ありがとう!
これからも頑張らせて貰うよ。
まずは眷属の絵をいっぱい描かないとね」
ランドは嬉しそうにそう応じてみせた。
「シェドも手持ちがあった方がいいんじゃない?
あちこちで慰謝料とか示談金とか発生しそうだし……」
理由はともかく、サイアスはシェドに対しても
勲功の個人管理を勧めた。
「く、くそう、俺だけオチ付けやがって!
だがしかし、否定できねぇ……」
悔しげに呻くシェドを見てランドがはっとして
「あぁ、『重力を自在に操る』って、
オチを自在に付けられるって意味なんじゃ?」
と新たな説を提唱した。
「えっ!? マジで!?」
「そりゃいい。
正しい自称だった訳だ。ッハハ!」
その説にシェドは驚きラーズは笑った。
「ぬぅぅ……
まぁアリだな、アリ!!」
どうやらシェドは納得したようだ。
こうしてシェドの自称すなわち「重力を自在に操る高貴なる伝令」
は3つ目の異名として受け入られ、一同は暫し笑い合った。
ミスターブシェドゥの妖しげな調べは
偉大なる歌曲の王の名曲のサビを
ブシェドゥ風にアレンジしたものです。
蛇足ながら、シェドの煎れたブツに興味のある方は
某C県で愛飲されるアレを頂くと宜しいでしょう。




