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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十七日目 その四

ラーズやランドに続いて

サイアス一家の居室の扉へと進み出てきた仮面の人物。

中肉中背であずき色のガンビスンと上質な靴を装備し

手ぬぐいを巻いて口をすぼめ歪めた奇矯な男の面を付けた、

ランドは既に正体を把握しているらしいその人物は

一同の耳目を一身に集め、クク、と不敵な笑みを漏らした。


「妖しいヤツね。名を名乗れ!」


不快げに顔をしかめたロイエの誰何すいかに対し

仮面の人物は待ってましたとばかりに

シュタっと回廊の中央へと飛び下がって

うおっ、と驚く通りすがりの兵士らを尻目に


「重力を自在に操る

 高貴なる伝令とは仮の姿ッ!」


と語り出し、下半身を左へと向け上半身を前へと捩じり、

サッと右手で額を覆い掌を正面へ向け、

ザッと左手を右脇へと流すようにしてぐぐっと溜めを作り、


「しかしてその実体は!」


と叫び、それに合わせて下半身を右へと回し

ババッと右手を右斜め下後方へ、

左手を左斜め上前方へと大きく開いて

正面を見据えつつ顔を斜め左上へと傾けた。

そして再び下半身を左向きにして左手を腰に、

右手を真っ直ぐ居室内へとのばして人差し指を突き付け、



「人呼んで、ミスターブシェドォゥッ!!」



と絶叫し、ズギャァアンッ、とポーズをキメた。

なお、擬音は全て自らの口で発していた。



サイアス一家及びラーズとランド、そして通りすがりの兵士らは

余りの事に硬直し暫しいかなる反応もできずにいた。

仮面の人物は仮面の下でおそらくは満面のドヤ顔で

感動の余韻に浸っていた。そしてさらに数拍の後、



「ミスったブサ……?」



とサイアスが呟き、

仮面の人物を除くその場に集う全員が声を揃えて



「シェドか!!」



と叫んだ。


「ちょっ!?」


仮面の人物は慌てたが、

一同は溜息交りにあぁ、と納得して頷き、

通りすがりの兵士らは首を振って否定の意を示しつつ

無言で詰め所へと去っていった。



「ちょっ、待ちーや!!

 ミスったブサ男て、なんでやねん!!」


仮面の人物は大層納得がいかぬ様子で食い下がった。


「なんでやもかんでやもねーだろ……

 お前自分に疲れたりはしねぇのかよ」


とラーズがすっかり疲れた風で息を吐き、


「馬鹿いうな! ちゃんちゃらおかしいぜっ!

 俺っちは、世界で一番、俺っち好き!!」


と仮面の人物は1小節ごとにポーズを変じつつ

最大級の自己賛歌をうたった。そのさまを受け

申し訳なさそうにして


「なんかごめんね皆。

 同居人としてお詫びしておきます。

 

 昨夜こそこそ帰ってきてからずっとこうでね……

 詳細を尋ねる気になれなくて、そのまま放置してたんだ」


と仮面の人物と同室らしきランドが

周囲にお悔みを申し上げ、


「あんたも大概適当よね……」


とロイエからうんざりした表情を向けられた。



「それにしても不細工なお面ね。

 まぁ素顔よりはマシなのだけれど」


既に姿を消していたニティヤの声が

どこからともなくこだました。


「あれは『ひょっとこ』の面ですね。

 火男と書き、火勢を強めるために竹筒で

 炉に息を吹きかけるさまを表したものです」


「へー、そうなんだ。

 流石ディードは物知りねー」


ディードの説明にロイエはしきりに感心し、


「不細工ながらに愛嬌があるのは祭り用ってとこかね。

 しっかしこれで普段よりゃ数段男前に見えるから

 不思議だよな……」


とラーズが腕組みしつつ頷いていた。



「えぇい貴様ら、言いたい放題いいおって!

 とにかく今の俺はミスターブシェドゥ!

 そこんとこヨロしくゥ!!」


未だチマチマとポーズを取り、

仮面の人物はサイアスの居室へと勇み入ろうとした。

すると行く手をデネブがはばみ、


(身分証の提示を願います)


と帳面を突き付けた。


「ファッ!? あんでだよ!」


謎の仮面の人物は不満げにそう吠え、


「当たり前でしょう。

 サイアスは命を狙われているのよ?」


とニティヤが冷たく言い放った。

シェドはすぐに反論して


「何だよ、俺が奸知公爵に見えるってのか?」


と言い、


「それは…… 見えないわね」


とニティヤは言い淀み、結論に至った。

その様子にサイアスは


「奸知公爵、怒るんじゃない?

 何となく物凄くプライド高そうだし」


と肩を竦め、


「……そうね。

 憎むべき敵といえど、

 今のは失礼過ぎたかも」


とニティヤは考えを改めた。



「ヘイマム! 

 俺に対する非礼を詫びて!!」


シェドはなおも騒いだが


「るせーよ。さっさと出すもんだせ」


とデネブと共にラーズが詰め寄った。


「ぬぅぅ、ほれ!」


「ふむ、こないだの印章だな。

 どうやらシェドで間違いないようだぜ」


シェドがポーチから取り出した

フェルモリア第七王子の印章と国王直筆の書状を

確認するに及び、デネブとラーズは顔を見合わせ頷いた。

その様子を見たシェドは


「……なぁ。俺っちちと思ったんだけどー」


とラーズへと語りかけた。


「あん?」


「誰かがこの印章出してシェドだって名乗ったら、

 そしたらお前、ここを通すのかよっ」


シェドは何やら不満げにそのように問うた。


「んなもん通すに決まってるだろ」


ラーズは何を言うのかとばかりに返事した。


「待ちーや! 顔も確かめんとええのんか!」


「ったりめーだろ。勘違いすんな。

 お前の本体はこの印章だ」


「ぇぇー……

 傷つくぅー……」


ラーズは呆れ、シェドはすねた。

そしてサイアスの


「流石に近所迷惑だから、

 そろそろ入っていいよ」


との声に応じて


「へーい」


と頭の後ろで手を組んで応接室の卓へと向かった。

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