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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十七日目 その三

「……後は普通の報告書なのね」


サイアスの左から頭を寄せ報告書を覗き込んでいた

ニティヤが残念そうに呟いた。


「今からいいとこなのにこれはないわ。

 あんたちょっと文句言ってきてよ!」


斜め右前方から頭を寄せていたロイエが憤慨した。


「多分自分で取材しないと書かない人なんだよ。

 もしくは飽きちゃったか。あらすじや下描き、

 主旋律が出来た時点で満足して投げ出す人、結構居るよ」


まるで見てきたようにサイアスはそう語った。

これを受けサイアスの右側から

ベリルと並んで首を突っ込んでいたディードが


「手間暇掛けて料理した時点で満腹になって

 最早食べる気が起こらない、という話はたまに聞きますね……」


とこちらもまるで見てきたかのように補足してみせた。


「何てこと! 読者を置き去りにするなんて

 作家として無責任だ!」


「いや作家じゃないから。

 軍師だからね……」


吠えるロイエをサイアスはなだめた。


「そういえば、アトリアさんの部屋を

 掃除に行くという話があったわね。その時に

 続きを書くようお願いしてみるのはどうかしら」


「あっ、いいかも! また女子会しましょ!

 今度はディードも一緒にね!」


ニティヤの提案にすっかり乗り気となり、

取り敢えずロイエの機嫌は直ったようだ。



「まぁそこらはお任せするとして……

 閣下らが向かわれた遺跡というのは、

 どうも人の造ったものではないらしいね。

 丘陵の橋頭保のようなものなんだろうか」


サイアスは報告書の先に目を通し、見解を述べた。

報告書には城砦西方4000オッピの地点に巨大な峡谷があり

地形を利して巨石を連ね、門や天蓋としたトンネル様の遺跡があること。

内部は風洞と一体化しており奥に自然物とは思えぬ精緻に加工され

装飾の施された広間があって、そこに闇の御手が潜んでいたこと

等々が記されていた。


「闇の御手みて、戦力指数、46……? 

 これって魔としてはどうなのかしら」


昨日撃破した上位眷属である大口手足増し増しが

戦力指数36であったことを踏まえ、

ニティヤがそのように問いかけた。


「宴の第一夜に顕現した闇の御手の戦力指数は

 101だと参謀長が観測されていた。

 この魔は人型をしていて、剣聖閣下のお得意さんらしい。

 それで閣下は顕現直後に奇襲を仕掛け、左半身を斬り飛ばしてね。

 闇の御手はそのまま即時離脱した。

 報告書から察するに、魔剣に斬られ吸われたせいで

 92に戦力指数が低下し、日中には半減して46、

 といったところではないかな」


「まぁ…… 奇襲が効くのね。ウフフ……」


潜伏の達人たるニティヤの興味は

戦力指数から奇襲へと移ったようだ。


「フフ、いざとなったら頼むよ。

 私も混ざろうかな」


「貴方は駄目よ。目立つから。

 潜伏にはまったく向かないわ。ウフフ……」


「あんたも大概だと思うけど、

 普段はほんと消えてるものねぇ」


ロイエはお姫様然としたニティヤの

まばゆいばかりの美貌に苦笑していた。



「それにしても、元が100超えとなると

 たとえ日中で半減してもなかなか手が出せませんね。

 騎士長級でもないと討伐も困難です」


これまでにも何度か討伐隊が派遣されるのを

見届けてきた歴戦のディードが感慨深げにそう言った。


「そうだね。以前閣下も仰っていたけれど、

 やはり剣聖閣下やオッピドゥス閣下、

 そしてベオルク副長がおられるこの時代に

 可能な限り魔の数を減らしたいところだ……

 

 ふむ、肝心の戦闘については、死者無しで勝利できたらしいね。

 ただしセメレーが魔の血を全身に浴びて大騒ぎとなったようだ。

 だから帰りは河原毛かわらけに乗っていなかったのか……」


報告書に曰く、

瀕死の闇の御手に対し、城砦騎士に近い戦力指数を有する

二戦隊兵士長のセメレーが突撃。盛大に返り血を浴びて甲冑が凝固し

行動不能となり、担架で運びだす羽目となった、とのことだった。


「セメレー…… 

 あの声が特大のピンクの人ね。無事なのかしら」


「中身は無事みたいだね。

 ただ、鎧に変化が生じるかもしれないと」


魔の血には膨大な魔力が宿っているという。

甲冑が凝固する程浴びた血が、セメレー本人並びに

甲冑に変容をもたらしたとしても、不思議はなかった。


「魔剣みたいに?」


ベリルは興味深げにそう尋ねた。


「闇の御手自体は魔剣が食べちゃったみたいだから、

 魔そのものにはならないだろうね。

 まぁユハみたいな感じかな?」


そう言ってサイアスは、いつの間にか首から垂れていた

ユハをつんつんとつつき、ベリルもまた面白そうに

こちょこちょとくすぐった。ユハは身をよじるようにして

ウネウネモジモジと反応し、ベリルは顔をほころばせていた。


「ふぅん、成程ねー…… ってあんたそのユハっての、

 またちょっと変わってない?」


気にしないことはとことん気にしないサイアスは、

ロイエに言われて改めてユハの変容に気が付いた。


「ん…… 本当だ。何か翼と足っぽい模様が。

 四枚羽と増し増しのせいかな?

 色もまた一段と紫がかってきたね」


「あんた大小諸々片っ端から斬りまくってるから」


「もっと斬って育てないと。皆にも協力して貰おう」


「あはは、任せなさい!」


ロイエは快活に笑い、デネブもコクコクと頷いていた。



討伐隊に関する報告書の精査が終わり、

一息入れようかという丁度その頃。

居室の扉がノックされ、対応に出たデネブがすっと脇に避けて


「よぅ、邪魔するぜ……

 おぉ大将、元気そうだな。何よりだぜ」


とラーズが笑顔で現れた。


「やぁラーズ、それにランド。先日は大活躍だったね」


サイアスはラーズや続くランドらに微笑みかけ

先日の奮闘を労った。


「はは、他ならぬあんたがぶっちぎりだったけどな。

 ところでよ……」


ラーズはそう言うとランドの背後の人影に振り返った。


「うん、まぁ気になるよね……」


手を上げ笑顔でサイアス一家に挨拶をしていた

ランドもまた苦笑しつつ同意した。


「そりゃ気になるわよ。

 それであんた、一体誰なの?」


僅かに首を傾げ眉をひそめつつ、

ロイエが3人目の人物に問うた。

ラーズとランドに続いて入ってきた今一人の人物。

その人物は、顔全体を奇妙な面で覆い隠していたのだった。 

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