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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十七日目 その二

湯浴みを終え、和やかな雰囲気の中食事を終えて

十二分に調子の戻ってきたサイアスは、デネブの煎れる

お茶を楽しみながら自身が就寝中に届いた

書類の束をあらため始めた。


届いていたのは書類ばかりではなく、


「なんかすっごい綺麗な箱も届いてるわよ!

 ねぇ、これ後で貰っていい?」


とロイエがのたまう程の、

水面や夜空を思わせる艶やかな黒露の地に

花鳥風月の蒔絵がなされた、美々しい小箱が届けられていた。


「これは漆細工ですね。東方諸国の伝統工芸品です。

 箱そのものが贈答品といっていい水準のものです」


かつて故郷で目にしたことがあるらしいディードが

その様に述べて目を細めた。光モノを愛してやまないサイアスは

当然ながら早速箱に釘付けとなってソワソワし出したが、

皆の手前グッと堪え、まずは書類を読み進めた。



最初に手に取った書面は、先日日中に行われた諸作戦のうち

討伐隊の動向や戦果を纏めた参謀部からの報告書だった。

退路での戦闘を終え討伐隊が合流してすぐに寝入ったサイアスは

遺跡に潜った討伐隊の顛末を未だ知らぬままであったため、

お、と小さく呟いてすぐにこちらに集中した。


報告書の筆者は参謀部軍師アトリア。

参謀長セラエノの補佐官を務める無口で無表情な軍師であった。

元小国の特殊部隊出身であり、隠密及び潜伏行動を得意として

闇夜にあって単騎暗躍できる程の異才の持ち主だ。

普段は素っ気なく淡々と任務をこなす彼女ではあるが

どうやら豊かな文才を持て余しているようで、

何故か報告書は伝奇仕立てであった。しかも序文だけ。

残りは通常の数値や箇条書きの並ぶ様式となっている。

……途中で飽きたのだろうか。サイアスはふと首を傾げた。


どうやらアトリアは剣聖ローディスと彼の率いる討伐隊が

城砦を出立するその直前まで、闇中に潜んでその動向を観察し

一部始終を記録していたらしい。逆に城砦を発って以降は

自身の眼で見ていないため、そこは小説仕立てにはせぬようだ。


そこはかとなくアトリアという人の性分を察したサイアスは

仄かに微笑し、何かを勘付いて鋭い眼差しを飛ばしてきた

女衆に慌て、身の潔白を示すべく書類を示し、

顔を寄せ合い共に読み進むこととした。



先々夜、未だ顕現に至らぬ百頭伯爵の策謀により、

本城中層南東部の攻城兵器群を急襲する飛行編隊と降下部隊。

これを蕭々とした笛の音と共に待ち受け、魔剣を舞わせ

斬り伏せ調伏した第二戦隊長にして騎士長たる剣聖ローディスは

自らの手の内で妖しく輝き甲高く歌うかつて魔であった剣

ベルゼビュートから、この急襲策を仕掛けた此度の宴で

残る一柱の魔がかつて男爵級として顕現した

百頭伯爵であることを知らされた。


紅蓮の公爵とも呼ばれた大いなる一柱の成れの果てたる

魔剣ベルゼビュートが、史上異数の使い手とはいえ未だ

心酔しきっているとはいえぬ剣聖ローディスに対し

これを伝えた目的は、前夜顕現した直後に斬りつけたものの

取り逃がし、自身が「食べ残した」闇の御手みて

百頭伯爵に横取りされる前にほふり喰らって

今度こそその力を我が物とすることであった。


魔剣の意図はともかくとして、闇の御手を屠ることには

ローディスも大いに賛成であった。何故なら剣聖ローディスは

百頭と呼称されるこの魔が他の生者を喰らい自らを強化することを

かつて目の当りにしていたし、何より今、自身の手の内で妖しくいざな

この魔剣がそうした性質を有していたからだ。


とは言え黒の月、無辺の闇の只中を単騎遠出はいささかか骨だ。

そこでローディスは、現状城砦で最も古い馴染みであり、

かつて紅蓮の愚連隊として共に暴れた悪友でもある

第四戦隊副長にして騎士長ベオルクを巻き込むべく

フラリと四戦隊営舎にやってきて、


「ベオルク。気晴らしに散歩でもどうだ」


と事情を伏せ、笑みを浮かべて持ちかけた。

するとベオルクは僅かに眉を上げ、髭を撫でつつ楽しげに


「良いですな。東の岩場など風情があって宜しいでしょう」


とこちらも薄く笑んで応じた。


実のところベオルクの有するかつては大いなる魔の一柱

冷厳公であった魔剣フルーレティもまた、自らの主に入れ知恵をして

闇の御手の逃げた先を示し、喰いに行こうとねだっていたのであった。



「ほぅ、お前もなかなか食わせ者だな……」


表情穏やかに眼光は鋭く、

剣聖ローディスはそう言った。


「まぁ確かに、我らの剣は大喰らいですからな」


それを平然と受け流し、

魔剣の主と名高いベオルクは笑んで返した。


「クックック……」


「フッフッフ……」


共に異数の剣豪であり魔剣使いである両名は

顔を見合わせ不気味に笑い、

これに呼応し両の魔剣が妖しく明滅し共鳴して

見守る周囲をドン引きさせた。そして


「赤黒のおじ様! 俺も魔剣欲しいなー!

 連れてってくださいよー」


とノリノリで騒ぐデレクや


「閣下! このセメレー、忠勇無双にして最愛なる

 このセメレーを置いて、一体どこへ行こうというのです!!」


「誰が最愛じゃっ!! いちいち喚くでないわこの小娘が!

 ……オホン。まぁ妾がお供いたしますゆえ、

 御身の露払いはお任せくださいませ」


と、アトリア同様ずっとローディスをつけていたらしい

セメレーやウラニアが吠え訴えた。


こうして剣聖ローディスは、第四戦隊副長ベオルクや配下のデレク、

さらには今夜出番がなく挙動不審だった二戦隊の騎士ウラニアや

騎士級のセメレーら次々に名乗りを上げた総勢15名からなる

闇の御手討伐隊を編成し、顕現した百頭伯爵が撤退すると同時に

城砦を発ち、城砦西方の険しい岩場を乗り越えて

一路遺跡へと向かったのであった。

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