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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十七日目

「ん…… あれ?」


ゆるゆると目を見開いたサイアスは

予期せぬ風景の広がりに驚いた。


ランプからにじほのかな灯り。

どこまでも沈み落ちそうな柔らかい寝台。

卓上の羽ペンと壁際の長剣。あの剣は

故郷ラインドルフから持ってきたものだ。

そう、ここは自室。第四戦隊営舎内の

サイアス一家居室にある、サイアスの書斎兼寝室であった。



「あら、お早う、眠り姫さん。

 もういいの?」


程なくしてどこからともなく声がした。

僅かに首を傾げて脇を見やると

居室用の緩やかで華やかな衣を身にまとった

お姫様然としたニティヤが寝台に腰掛けていた。


「台車に横になってからの記憶がない……

 一体何がどうなった」


サイアスはともすれば再び微睡まどろみに落ちそうな

表情で、微笑むニティヤにそう問うた。


「帰砦しても起きなかったものだから

 台車で営舎まで乗り付けて、デネブがここまで

 運んでくれたわ。皆も昨日は疲れていたみたいね。

 すぐに寝入ってしまったわ」


「昨日? ……1時!?

 大変だ、宴じゃないか。指令室に行かないと」


ぼんやりとニティヤの話を聞いていたサイアスは、

壁際の時計を見て慌てて跳ね起きようとした。

しかし低血圧過ぎて起きれず、首だけ浮かせてすぐに諦め、

再び地平と平行になった。


「1時は1時でも昼の1時よ。

 連日の疲れもあったのではないかしら」


ニティヤはクスリと笑ってそう言った。

退路の本陣での戦闘と報告を終え、

サイアスが台車で横になったのが昼の3時前。

ほぼ22時間眠り続けたことになる。



城砦兵士は一日を6時間区切りで4分割し行動する。

そして大抵の兵士の平時における休養や睡眠は

1区分から2区分の範囲内に収まっていた。

よってサイアスは他の兵士の優に2日分は

眠りこけていたのだった。



「……どうしたものか」


「どうもしなくていいわよ?

 皆貴方がそういう身体だと知っているわ。

 

 魔力の影響で、『眠り病』というのでしょう? 

 ルジヌさんは『水の症例が第二段階に至っている』

 と言っていたわね……」


ニティヤは子供に言い聞かせるようにそう言った。



荒野において魔や眷属といった人智の境界を超えた存在と

戦い、かつ勝利したものは、徐々に魔力を高めることとなる。

魔力は魔との親和性であり、端的にいえば人間離れの尺度であった。

サイアスの魔力は既に7であり、即ち7つの人間離れした特徴を得ていた。

そのうちの1つ、もっとも外部に顕著に表れているのが

水の症例、すなわち眠り病であった。


火、水、風、土と四種あるこの症例のうち水の症例は、

眠りの深度と長さが大きくなる形で表面化する。

内実は生命活動の周期が魔に近づいているのであり、

最終的には死を超越して悠久の時を微睡まどろ揺蕩たゆたうようになる、

と言われていた。



「第二段階…… セラエノ閣下がアレでピンピンしているから

 まだまだ先は長そうだけど、今はそれより宴だよ」


サイアスはようやく上半身を起こした。

いつの間にやら昨日着込んでいた専用防具「飛天衣ひてんね」は

居室での普段着であるローブになっていたが、

その辺りは特に気にも留めなかった。


「剣聖閣下やベオルク副長が言うには、

『どうせあとは籠城だから、思う存分寝かせておけ』

 ですって。それと『宴の後に備えよ』とも言っていたわね」


どうやら言伝は預かっていたようだ。



今回の黒の月における宴では大いなる魔を二柱も撃破しており、

戦力の損耗度合いからいってもこれ以上の成果は不要であるとの

判断を城砦上層部は下していた。よって後は籠城を基本策として

外部展開を避け、残る一柱「百頭伯爵」へ対処するようだった。

確かに兵を用いず城砦にこもるだけであれば、それは

城砦防衛の主戦力たる第一戦隊の独占業務でもあり、

無理にサイアスを用いる必要もないだろう。


先日日中の戦闘で百頭伯爵が強化される可能性を未然に防いだ今、

可能な限り戦闘を避け宴の後の奸知公爵との策謀合戦に注力する

というのは理に適った戦略だとサイアスは納得し、

肩の荷が下りたのか再びごろりと横になって

笑顔を絶やさぬニティヤに頬をつねられた。


「いひゃい」


「折角目覚めたのだから、皆に顔を見せなさい。

 無事だと判っていても心配なものなのよ?」


「はひ、ごめんなひゃい」


14歳のニティヤに完全に尻に敷かれ、

17歳のサイアスは素直に従うことにした。



「あっ! 遂に起きた!」


白いローブと白い肌、白金色の髪。

まるで幽霊にしか見えぬ有様でフラフラと

応接室へと出てきたサイアスにロイエが気付き、声をあげた。

サイアスの姿を見とめたデネブは、すぐに居室を出て厨房へ向かった。


「お早うございます我が君。

 ささ、湯浴みをなさいませ。

 あがった頃には食事の支度も整いましょう」


スス、と寄ってきたディードが笑顔で、

しかし有無を言わさぬ気迫で自らの主にそう命じた。


「あぁ、うん。皆お早う。心配かけたね……

 ベリル、何してるの?」


ベリルは神妙な面持ちで何やらブツブツと唱えつつ、

サイアスの腕を取り瞳を覗きこみ額に手をやった。


「脈拍、瞳孔、体温、異常なし……

 ちゃんと生きてます!」


どうやら診察していたらしい。

ふぅ、と一息付いて表情を和らげたベリルは


「お早う、お父さん!」


と嬉しそうに飛びついた。


お父さん、と呼ばれたことにサイアスは

やや戸惑ったものの、すぐに笑顔となって


「お早うベリル。ありがとうね」


とベリルの頭を撫でてやった。

ベリルがサイアスをお父さんと呼んだのは、

これが初めてのことであった。

誰かを父と呼び挨拶するのは、おそらく

ベリルの人生においても初めてのことであったろう。

サイアスはベリルの境遇を想い、そして

自身が最後に父ライナスにそのように挨拶したのは

いつだったかと思い返し、知らず瞳に浮かんだ涙を悟られまいと


「じゃぁお風呂に入ってくるね。また後で」


と告げてそっとベリルを引き剥がし、

そそくさと洗面所へと姿を消した。その様を

ロイエやディード、そしてニティヤは目を細めて見守っていた。

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