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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十六日目 その五十三

中央城砦の西に位置し南北に走る「回廊」と呼ばれる

天然の往路がさらに西の岩場や南に拡がる平地と連絡する交点。

進発時には第一戦隊の守備隊が出張っていたこの地点までは

退路の本陣のあった地点からおよそ25000歩、すなわち

5000オッピの距離があった。


日没は7時丁度と推測され、まもなく3時になるという頃合いで

進発した凱旋する大隊は、軍師ルジヌの試算に基づき

時速1800オッピで行軍を開始。休憩時間を加味した上で

概ね6時過ぎに交点たる地点に辿り着く見通しであった。

大隊は騎兵や車両と歩兵の混成部隊であり、

行軍速度は歩兵に合わせたものだった。

第二戦隊哨戒部隊の兵らはいずれも軽装歩兵であり、

平時の行軍速度は概ね1400オッピ前後と一般兵よりやや速い。

何より時速4000オッピの猛速度で駆けた健脚の猛者たち

であるため、戦勝の高揚感も手伝い

鼻歌交じりでこなせる道行きであった。



やがて日が傾き、未だ朱には染まらぬものの

日没の時が間近であることを十二分に知らしめる頃、

凱旋する大隊は試算通り交点たる地点にまでたどりついた。

大隊は何度目かの小休止を取り、帰砦に向けた

最後の調整に入っていた。すると、


「ん…… 副長! 南方より砂塵!」


小休止する大隊の周囲を牧羊犬のごとく駆けていた

哨戒担当の第四戦隊騎兵の一人が副長ベオルクに報告した。

丁度ローディスやルジヌと後事の相談をしていたベオルクは、


「ほぅ…… あれは歩兵の立てるものだ。

 流石ですな閣下。やはり攻め手が出ておりましたぞ」


とローディスに向かって頷いた。

第二戦隊長にして騎士長たる剣聖ローディスや

参謀部所属城砦軍師ルジヌといった大隊幹部をはじめ

休憩していたり手空きだったりの兵士らは皆、一斉に南を見やった。

視線の先で砂塵は徐々に無数の兵の形となり、

少なくとも凱旋大隊の2倍の規模はある

大規模な歩兵集団であることが判ってきた。


「光信号ですな」


戦隊規模の歩兵団から凱旋する大隊に向け、

チカッ、チカッ、と光が発せられていた。

宴の第一夜でサイアスの策で用いられたのと同じ、

光による通信の文言であった。

これには即座にルジヌが応じ、


「解読します……

 任務、ご苦労、このまま帰ろう、チェルニー」


と答申し、


「おぅ、団長自らが牽制に出られたのか。

 ……我らのせいで、城砦総出の大騒ぎとなったようですな……」


ベオルクは目を細め、口元を歪めて髭を撫でつけ、

いわゆる「勿体ぶりヒゲ」でローディスを見やった。


「フン、かつては茶飯事だったろう。

 互いに懐かしいことだ」


紅蓮の愚連隊としてとにかく破天荒に暴れまわった

同志でもある両騎士長はクツクツと不気味な笑みを浮かべて

肩を揺すり、ルジヌは眉間に皺を寄せ、周囲の兵士らは引いていた。



ローディスは奸知公爵が大口手足増し増しを見捨て

それ以上の増援を出さなかった理由を楽観視してはいなかった。

機動部隊でサイアスの強奪に成功していたならば、上位眷属を

単なる手土産で済ませた可能性はあったろう。

だがそれに失敗した以上、ただで手土産を与えたりはすまい、

増援を出さぬのは出せぬ理由が出来たからに違いない。

ローディスはそのように見做していた。


では何故増援を出さぬのか。

その理由としてローディスが挙げたのは、奸知公爵の本拠というべき

丘陵へと、城砦から攻め手が向かったため、というものであった。

サイアス率いる守備隊の下へのさらなる増援を妨げるため

城砦から進発し丘陵地帯の魔軍の橋頭保へと牽制を仕掛けた

部隊がいるはずだ。ゆえにそちらへ状況終了を知らせるべく

狼煙を上げよ。それが先刻のローディスの真意だったのだ。



「コホン…… 

 何にせよ流石は剣聖閣下、げに素晴らしき慧眼です。

 しかしそうなると、城砦にこちらの状況を

 考え得る限り最速の時宜じぎに報せた者が

 居ることになります。 ……つまり」


不気味な赤黒のおじ様を正気に戻すべく

一つ咳払いし調子を整えて、軍師ルジヌはそのように述べた。



城砦から南西に拡がる丘陵までの距離は本陣のあった退路までの

2倍程度あった。眼前に露わとなってきた200名規模の歩兵団が

丘陵までは着かぬにしても危機感を与え守備固めをさせる程度に

進行してみせるには、遅くとも退路での大口手足増し増しや

幼体との激戦の最中には城砦内で部隊編成を済ませ、

進軍を開始していなければならない。

つまりそのタイミングで城砦に退路の状況を

報せてのけた者がいる訳で、該当するのはただの1名きりであった。



「ククク、そういうことだ……

 シェド・フェル。大した奴ではないか」


ローディスは心底楽しそうにクツクツと笑っていた。

ベオルクはやや呆れたような口調で、しかしこちらも

満面の笑みを浮かべつつ、


「本陣のあった位置から城砦までは

 少なく見積もっても30000歩は有りますぞ。

 何ともはや、名馬に勝るとも劣らぬ神速振りですな……」


と感想を漏らした。



サイアスの命により退路の本陣を発ったシェドは

下り坂とはいえ荒野の不整地、さらには敵地の只中ただなか唯一人ただひとり

30000歩駆け通して、城砦にまで味方の危機を報せてのけたのだった。



「うむ。アレもまた、特務隊中の特務隊、

 サイアス小隊に相応しい逸材だったということだ。

 何と言ったか、東方の伝承に足の速い神が居たろう?」


韋駄天いだてん、ですか?」


ローディスのこの問いには

博覧強記はくらんきょうきたる才媛さいえんルジヌが応えてみせた。


「あぁ、確かそんな名だ」


ローディスはその名を聞いて頷いた。


「フェルモリアに伝わる神の一柱ですな。

 国許ではスカンダと呼ばれており申す」


「スカンダ神が音写により塞健陀天となり、

 さらに転化して韋駄天となったようですね」


フェルモリア出身のベオルクがそのように述べ、

ルジヌが由来を補足してみせた。


「ふむ、縁のある名であれば丁度良かろう。

 今後は韋駄天のシェドとでも呼んでやるがいい」


ローディスは目を細め、右手の掌を

差し伸べるようにしてそう言った。


「おぉ、異名ですな!

 閣下自らの命名とあれば、アレも喜ぶことでしょう」


「うむ、表の、な。

 裏の異名はそのままで良かろう」


ベオルクとローディスはそのように語り、

やがて顔を見合わせ再びクツクツと笑いだした。

異名には表と裏があり、耳に心地よい名声に基づくものを表、

悪名というべき残念な呼称を裏として呼びならわしていた。

今回の比類なき活躍によってシェドは表の異名を手に入れたものの、

現在知られている通り名もまた裏の異名として正式採用ということで、

ルジヌや周囲の兵士らもまた、おかしそうに笑いあっていた。

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