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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十六日目 その五十一

「貴方たち、皆無事で良かったわ。

 流石にカタが付いているとは思わなかったけれど」


マナサはいつもの妖艶な笑みでそう言った。


マナサのすぐ背後にはベオルクとデレクの姿もあり、

大型馬車と担当の3名を除く、第四戦隊から出動した

全ての戦闘員が退路の本陣へと集結を果たしていた。


本陣の南方で敵を防いでいた炎の壁は既になく、

辺りには小さな野火の群れがあった。

後続として現れた第二戦隊の二つ目の哨戒部隊が

警備を兼ね、燃え残りの屍を焼却してまわっていたのだった。



「サイアスより報告いたします。

 我が隊は第二戦隊哨戒部隊の救援を得て

 騎兵隊進発前に出現した敵機動部隊57、及び増援として

 現れた上位眷属「大口手足増し増し」とその幼体60。

 合わせて118体の眷属と交戦し、これを殲滅。

 退路の死守に成功しました。味方に損害はありません」


敬礼とともに朗朗と報じるサイアス。

その声におぉ、と騎兵隊からどよめきが起こり、

次いでヒューヒューと口笛が鳴った。この辺の軽さは

いかにも第四戦隊だ、とサイアスは懐かしさすら覚えつつ苦笑した。


「そう。増援の予見はしていたけれど、

 それも始末してしまったのね。素晴らしい手際だわ。

 ところで、そこの特盛の大鎧は何かしら……」


名馬クシャーナのたてがみを撫でて疾駆の労をねぎらいつつ、

マナサはサイアスに微笑みそして小さく肩を竦め、

さらにサイアスの背後に控える白銀の巨躯を一瞥した。

荒野に、いや平原を含めた人類にこのような

巨躯を誇る武者は二人といない。重々承知の上での問いだった。



「参謀部の特大貨車の中身です。

 瓢箪ひょうたんから駒、どころではありませんでした」


どうやらマナサもオッピドゥスの件については

薄々勘付いていた程度で、事前に聞かされてはいなかったらしい。

まったくもって参謀部らしい、と内心苦笑しつつもサイアスは

小首を傾げて小さく笑み、そう応えた。


「ガッハハハ! 酷い言われようだな!

 まぁ、ちょいと新装備の評価試験にな。

 随分と楽しませて貰ったぞ!」


面頬を上げ、そのまま兜を脱いでひょいと貨車へとしまいこむと、

第一戦隊長にして騎士長オッピドゥスは豪快に笑った。


「オッピドゥス閣下が参戦しておられたか。

 それで上位眷属を仕留められたのだな」


ベオルクがオッピドゥスへと一礼してそう言った。


「そいつは違うぜベオルクよ。

 俺は飽くまで一兵卒として、兵団長殿の指揮に従っただけだ。

 そもそもあの野郎、いや女郎めろうは俺より格上でな……

 一人じゃとても勝てん相手だったぞ」


「ふむ……?」


ベオルクは眉をひそめてサイアスを見やり


「『たまには俺にも兵士をやらせろ!』

 とおっしゃるものですから……」


とサイアスがオッピドゥスの声音を真似てそう応えたため、

ベオルクや騎兵隊らは堪らず噴き出した。


「相変わらず無茶だなーこの閣下は。

 まーそれに応じるお前もお前だけど」


デレクは苦笑してそう言い、

まったくだぜ、と騎兵らもニヤニヤ呆れていた。


「いやいや、サイアスは将として既に一流の域にあるぞ。

 何より鼓舞だ。これがもの凄まじく強烈でな。

 俺も久々に燃えたぎったぜ。

 城砦を背負い兵を率いると、こうは戦に酔えんからなぁ。

 いっそ俺の代わりに第一戦隊長をやって欲しいくらいだ。ガハハ!

 まぁ流石に疲れているだろうから、少し休ませてやれ。

 俺も貨車で一眠りする。着いたら起こしてくれ」


そういうとオッピドゥスはゴシャゴシャ大音を立てて

載ってきた特大貨車に寝転がり、ばたりと蓋を閉めた。

あまりにあまりな光景に一同は呆気に取られ、そして笑った。


「では詳報はこのルジヌに任せていただきましょう。

 兵団長閣下も帰砦まで休息なさってください」


オッピドゥスの言を継いだルジヌがそのように述べた。

多数の命を背負う将の心労は兵の比ではない。

加えて兵としても存分な戦働きを示しており、

さらには虚空のソレアを用いて気力をもすり減らしている。

それら全てを見抜いていた軍師ルジヌは有無を言わせぬ調子で

サイアスを促し、マナサやベオルク、デレクらもまた

従わねば物理的に寝かしつける、と表情に出してそれを勧めるので、


「……そうですか。では夜もありますので

 お先に一息入れさせて頂きます」


とサイアスは敬礼し、有難く休ませて貰うことにした。



本陣の西寄りでこうして騎兵隊の出迎えを終えたサイアスは

馬首を巡らせ、ミカと共に南へと進んだ。

サイアスは炎の壁の残滓を超えて南へと赴き、

後処理に励む兵士らの様子を眺めつつ何やら物色し始めた。すると


「これでしょう? 全て揃っているわ」


と背後から声が響き、すっと拡げた布地が差し出された。

布地には大きな金属片と幾つかの微細な破片が乗っていた。

それは折れた八束の剣の切っ先だった。小指の爪程の

細かな断片まで含め、余さず拾い集めてあるようだ。


「すまない。ありがとう……」


サイアスは背後から差し出されたニティヤの腕を抱き、

布地を折かぶせ、八束の剣の折れた切っ先をそっと包みこんだ。


「……さっきの強撃、腕に反動を受けなかったんだ。

 それだけじゃない。あの敵の掲げた2本の腕、

 あれは防御ではなく攻撃だった。羽虫を振り払うような、ね。

 八束の剣は全てを身代わりに引き受けた上で敵を粉砕し、

 そしてこうして役目を終えた。いくら感謝してもしきれないよ……」


サイアスは静かにそう呟いた。物言わぬ石や道具をも人と同様に

時にそれ以上に慈しむサイアスの抑揚に乏しいその言葉に

万感の思いが込められていることを、ニティヤは十分に理解していた。


「そう…… その剣もまた、選んだのね。

 貴方を守るということを。

 本当に大勢に愛されているわね、貴方」


ニティヤはサイアスの背に持たれつつ優しくそう呟いた。


「勿体ない話だ。せめてできる限りは恩義に報いたい」 


「ふふ、皆もきっと、そう思っているわ。

 とにかく少し休んだ方がいい。

 でないと夜に起きれないわよ? 眠り姫さん」


それだけ告げるとふっと気配が消え、

ミカの背からニティヤの姿が消えた。

孤影となったサイアスは遠く南方に横たわる丘陵を、

そして東方に見えない城砦の姿を追い、馬首を返して

自らの小隊の下へと戻っていった。

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