表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
460/1317

サイアスの千日物語 四十六日目 その五十

既に一合撃ち合って損害を与え脅威となった

西方からのオッピドゥスの圧迫、

そして東方からのサイアス率いる伏兵隊による一斉投擲、

さらにはラーズの蕪矢かぶらやによる攪乱かくらんとランドによる狙撃。

3正面から次々と加えられる波状攻撃のもたらす全てを利して、

サイアスは大口手足増し増しの頭上にあった。


手にした槍を投擲した後、大口手足増し増しが右半身となって

右眼を守るべく右上腕を掲げたのを見て取ったサイアスは

ミカと共に上空へと駆けのぼり、大口手足増し増しの南側に

回り込むようにして、南中する真夏の太陽を背負った。

そして大口手足増し増しが掲げた上腕2本を下し

地に落ちた武器を拾おうとしたその瞬間を狙い、

虚空を蹴って急降下し、裂帛の気合と共に八束の剣を打ち下ろした。

狙うは先刻までの攻防で明らかとなった弱点たる人面。

今や無防備となった、人体で言えば鎖骨の窪みに位置する右の眼であった。



大地によぎる影によって、すんでのところでこの奇襲に気付いた

大口手足増し増しは、武器を掴むのを放棄して

のけぞりつつも再度上腕2本を掲げ、振り下ろされる剣撃を防ごうとした。

しかし自らの能力をミカで補ったサイアスの猛攻は

絶対強者たる城砦騎士に迫るものであり、高所の優位と

落下速度を存分に活かしたその一撃は辛うじて間に合わせ掲げられた

人の胴程もある右上腕の二の腕の半ば辺りに斬り込み、

鋼に勝る硬度を誇るその硬骨を両断、さらに2本目二の腕も破砕して

大口手足増し増しの人面にまで迫り、破砕した腕ごと

右目に叩き落としてこれを破壊した。


ドシャァアン!!


という鋭く重い音に加え、


ギィンッ!!


という鈍い音が立ち、銀の光芒が宙を舞った。

名工インクスが手ずから鍛えては打ち直し、幾多の死闘で多数の敵を

斬り伏せてきた八束の剣であったが、大口手足増し増しの余りの硬さ、

そしてサイアスの剣撃の余りの激しさ故に遂に限界を迎え、

切っ先から拳2つといった辺りで破砕して

細かい破片や斬り飛ばされた大口手足増し増しの腕と共に、

分かたれた刃を宙へと躍らせることとなった。



上空からの奇襲による致命の一撃を

辛うじて耐えうる手傷に抑えた大口手足増し増しは

驚愕と激痛と憤怒と殺意とで半狂乱となって暴れ、

右後方へとのけぞった身をさらに右後方へと振り回し

破砕した2本目の右上腕をサイアスへ叩き付けようとした。

しかし大口手足増し増しを斬り進むことで落下の勢いを軽減した

サイアスとミカは接地寸前で態勢を整えそのまま西へと駆け去っており、

鈍器と化して振ったもはや自由にはならぬその巨腕は空しく空を切り、

大口手足増し増しは地の底から轟くような咆哮を上げ悔しがった。


そして強引な身体の旋回に合わせ、

潰れた右目に続いて西を睨んだ未だ無事な左目が目にしたもの。

それは、すぐ間近にそびええ立つ白銀に輝く甲冑の巨躯だった。

左右上部の2本ずつを破壊され、もはや胴を守るのに差し出すべき、

そして地に臥せた本来の姿勢となって緊急回避するのに必要な

支点となるべき腕は無かった。

万事休すとなった大口手足増し増しはただ絶句し、

そしてただ、絶叫するほかなかった。



「戦いは数だ。来世に活かせ」



低く呟くその声は雷声に返じ、乾いた大地を激震が襲った。

陽炎を立てて揺らめく白銀の甲冑は残像を伴って

大口手足増し増しに炸裂し、これを爆砕した。

それはまさに八極、天地未曾有てんちみぞうの大爆発といった有様であった。

大口手足増し増しの巨大な胴体は木端微塵となって失せ、

周囲には生白い巨腕の残骸と多量の青みがかった紫の染み、

そしてごうごうと燃える炎の音と、それに唱和する風の音が残った。



本陣で、炎の壁の北側で、そして東手で。

息をつくことすら忘れ戦況を凝視していたその場に集う

大勢は、暫し呆けたようにその静寂を浸り、

次いではっとして彼らがつき従う一個の騎影を探した。

金筋の走る漆黒の軍馬ミカを駆る、青と白の装束を纏った

彼らの将、城砦兵団長にしてカエリア王立騎士、

そして退路を死守する殿軍の将であるサイアスは

強敵を討って役目を終えた八束の剣の折れた切っ先を天に向け

すっと引き寄せてその剣身に頭を垂れ、これまで幾度となく

共に死線を越え戦い抜いたその功を労うように、

ただの鉄塊に過ぎぬその剣の冥福を祈るが如くに瞑目していた。


暫時ののちに馬足を東へと進めたサイアスは

白銀の巨人たる第一戦隊長にして騎士長オッピドゥスと視線を交わし、

面頬あげて目を細めるその様に微かに笑んで頷いた。そして

東より駆け寄る12の兵、一人も欠けることなく死闘を制した

勇壮なる彼ら一人一人と視線を合わせ、徐々に火勢の衰える

炎の壁を軽やかに跳び越えて全ての兵士らの中央に陣取り、

一息吸って折れた八束の剣を掲げた。



「我らの勝利だ! 勝鬨かちどきを上げよ!!」



襲い来る眷属の群れから退路を守り切った人の群れは

これまで堪えに堪えてきた様々の感情を解き放つがごとく、

天に向かって大声で吠えた。丁度東方から急行してきた

第二戦隊哨戒部隊の第二小隊20名の兵士たちは

或いは笑顔で、或るいは涙すら浮かべつつ狂喜し吠える

人の群れに驚き、すぐに状況を察して自ららも歓喜の輪に加わった。

上位眷属大口手足増し増しの出現からおよそ15分、

マナサら騎兵隊が本陣を発っておよそ50分強が経過しており、

遥か西方には騎兵隊のものらしき砂塵が見え隠れしていた。

敵全滅、被害無し。退路を死守するサイアス隊の激闘は

こうしてひとまずの終幕に至ったのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ