表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
457/1317

サイアスの千日物語 四十六日目 その四十七

炎の壁を左手に西方から、大口手足増し増し目掛けて

轟然とオッピドゥスは突進した。攻め手を選びあぐねていた

大口手足増し増しだが、唯一危険視していたオッピドゥスが

向こうから飛び込んできたことを好機とみて、まずはこれを

仕留めるべく自らもオッピドゥスへと殺到した。


大口手足増し増しは姿勢を低く保ち、

小刻みに左右へ体移動して体軸を捕捉されぬよう巧みに揺れ進んだ。

その稲妻の如き動きはまさに虫そのものといった体で、

虫嫌いなオッピドゥスは虫唾を走らせながらも

両のメーニアを構えなおした。

元来守備を得手とするオッピドゥスは、敵が殺到してくれるなら、と

あっさり自らの突進の勢いを殺し、後の先を狙うことにした。


上体を起こし卵嚢らんのうを掲げた状態で1.5オッピあったその全高も

全ての腕を地に付けて本来の姿勢となると並の大口手足と

然程には変わらず、胴の先端大柄の頭部と同程度の位置にあり、

丁度オッピドゥスの腰の高さを占めていた。

戦いにおいて高さは常に利点であるため、

この状態でやりあえば不利をこうむることになる。

そう考えたかどうか、巨躯をくまなく覆う甲冑と扉二枚分はある

重盾二枚を前にして足元から力攻めするを良しとせず、

間合いを詰めた大口手足増し増しは短く鋭く踏み込むと

8本の腕全てを折り曲げて姿勢をさらに低くして、

次の瞬間強烈な勢いで上体を起こし、起こしざまに

右の上部2本の腕でオッピドゥスを強烈に打ち上げた。


大口手足増し増しのやけに生白いその腕は並の兵士の胴程も太く、

肘を直角に保ち下から掬い上げるように振り回し、下方から

火砲の如く一気に打撃して、衝突後さらに肘を伸ばし突き上げた。

破裂爆散するような打撃と貫き吹き飛ばすような打撃。

2挙動を瞬時におこない性質の異なる2種の打撃を発する

この拳打は徒手格闘の達人が用いる「二重」または「徹し」

と呼ばれる技法に似て、オッピドゥスの構えた

左のメーニアⅡ型を襲った。


グォゴゴゴッッ!!


剛腕2本の繰り出すただの1挙動にしか見えぬ拳打によって

同時に4つの衝撃を喰らい、ダメージこそないものの

オッピドゥスの左腕が盾ごと上方へ跳ね上げられた。

そこに間髪入れず体側を入れ替えるようにして

今度は左上部の剛腕2本が左側面から

横殴りに拳打を放ち、右のメーニアⅡ型を襲った。

踏み込みざまのこの鉤付きもまた強烈にして多重撃であり、

瞬時に4度の衝撃を叩き込まれ

オッピドゥスの右手もまた盾ごと左へと流された。


こうしてオッピドゥスの構える両の盾と腕を飛ばし

その防御と姿勢を完全に崩してのけた大口手足増し増しは

さらに踏込み再び右上部の2本の腕を用いて

その突進力をふんだんに乗せ、姿勢を崩しがら空きとなった

オッピドゥスの胸元へと剛速ごうそくで水平に突き込んだ。


ボッと轟音を伴ってはしる岩をも砕く必殺の崩撃は

しかしオッピドゥスを捉えることはなかった。


驚く大口手足増し増しの眼前で、

兜の中の眼がギラリと光った。


オッピドゥスは左へと崩れゆく流れに抗うことなく

むしろこれを利し加速させて右足を踏み込み、

それと同時に左足を斜め右後方へ運んだ。


敵の猛攻がもたらす激流か暴風かといった力の流れ。

これに抗わず、むしろ逆に利して運足し体を捌く。

この挙動を「雲身うんしん」と呼ぶ。


そしてトドメとして放たれた右上部の2腕による

崩撃に対し、沿わせるようにして両のメーニアⅡ型

をあてがい滑らせて力の向きを変える「化勁かけい」を

おこない、敵の懐に飛び込んだオッピドゥスは


破ァアアッッ!!


と震脚雷声しその奥義を放った。


大地を揺るがすその猛撃は、しかし完全に敵を捉えることはなかった。

大口手足増し増しには、自由になる腕が多すぎたのだ。

オッピドゥスの鉄山靠てつざんこうが着弾するその一瞬前に

辛うじて左の上腕2本を差しだしてこれを受け止め、

これと引き換えに大地を掴む4腕をもって一気に後方へと跳びすさび

大口手足増し増しは被害を最小限に食い止めることに成功したのであった。



「ほぅ、避けやがったか。流石だな……

 だが俺はしつこいぞ。お前がくたばるまで何度でも撃つ」


オッピドゥスは兜の下から低い声でそう言った。



敢えて相手に先手を与え、攻撃を凌ぎ捌いて応撃する。

この戦法を後の先と呼ぶ。単なる反撃と異なる点は

相手の手の内が全て読めているという点だ。

相手の攻撃法を把握し、迫るタイミングを読み切って

最適な状況で正確に応撃する。これを成すには単に力や技が

優れているだけでは足りず、膨大な戦闘経験を積み上げ

確固たる知覚、いわば「悟り」とでも言うべきをものを得る必要がある。

オッピドゥスの盾術は技能値10。そして組討は8であり、

両者を組み合わせた盾格闘は9。すでに開悟を得た仙境にあった。



距離を取り、身の毛もよだつ絶叫を吐きながら身を低くして

殺意と闘志をみなぎらせる大口手足増し増し。

その8本の腕のうち左上部の2本は根元から爆散して

もはや地上に存在せず、激しく打ち込んだ右上部の2本もまた

その拳が破損し、溶け爛れていた。

これは白熱したオッピドゥスの盾や装甲のもつ副次的な攻撃力の

せいであり、大口手足増し増し自身が放つ打ち込みが激しく

また多段であったために、膨大な熱を発して傷んだというわけであった。


大口手足増し増しの戦力指数は36。

対するオッピドゥスの戦力指数は激戦と装備換装を経て32であった。

オッピドゥスが4もの戦力指数の差を覆し格上の敵に後の先を決め

こうも手傷を負わせ得たのは、ひとえに歴戦のゆえであった。

すなわち上位眷属できあがりや大いなる魔である貪隴男爵といった

強敵と死闘に及び生き残ったオッピドゥスと、自らより強い敵を

有することなくこの死闘に臨んだ大口手足増し増しとの、

圧倒的な戦闘経験の差であったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ