表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
450/1317

サイアスの千日物語 四十六日目 その四十一

「兵団長閣下、慧眼けいがんに敬服いたします。

 たしかにあれはまゆ、いえ、むしろ卵嚢らんのうのようですね……」


前線から北に距離を保った本陣で

遠眼鏡を手に戦況を眺めるルジヌがサイアスへと声を掛けた。


「確かオッピドゥス閣下は虫が嫌いだったはず。

 気の毒なことをしました。まぁ他に選択肢はありませんが」


サイアスは薄く笑ってルジヌに応じ、

ルジヌもまた口元に手をやりクツクツと笑っていた。


「フフフ、そうですね。

 大変気の毒ですが、致し方ないでしょう……

 

 閣下、ルジヌより観測を答申いたします。

 大口手足増し増しは一定間隔で一度に6体ずつ

 幼体を放出しております。これらは我々が知る個体より

 二回りは小さく概ね大柄な兵士程であり、戦力指数が不安定です。

 幼体の戦力指数は概ね2から3の範囲であり、

 6である通常の個体に比べ撃破は容易ではあるようです。

 また放出時の形状や大口手足増し増しの胴体部の容積から類推すると、

 概ね60体は幼体を内包しているのではないでしょうか」


ルジヌは軍師の眼を活かして戦況を観測し、

得られた情報をサイアスへと伝達した。


「成程…… 

 まとめて一度に来られると、流石に閣下でもキツいかな…… 

 ともあれ敵数の算定は非常に助かります。

 

 しかし今回の戦闘で眷属について、少なくとも

 大口手足については重要な事実が判明しましたね。

 連中は虫と同様に生まれ育ち、増えるのだということ。

 そして成体がいずれあのような姿になるのだということが」


サイアスは小さく頷き、そのように語った。


「確かに。育ちきった大口手足がこうした卵嚢となり

 荒野のどこかに蔓延はびこってさらなる大口手足を量産している

 のであれば、遠征軍を編成してでもこれを殲滅すべきかと」


「えぇ。根を断つ事ができれば平原への脅威も和らぎます。

 奸知公爵からのこの手土産、有難く頂戴し

 今後に活かすといたしましょう」


サイアスとルジヌは互いに頷きその様に結論付け、

再び戦況を見守ることにした。



戦闘開始から概ね5分が経過していた。

大口手足増し増しは不規則な間隔でしかし着実に幼体を放出し、

オッピドゥスまたはラーズによって屍と化した

これら幼体の数は既に24を数えていた。


幼体の一体一体は戦力指数にして2から3と

丁度一般的な第一戦隊兵士と同程度の強さであったため、

戦力指数30を誇るオッピドゥスにとり大した脅威ではなかった。

だが常に同時に6ずつ襲い掛かってくるため一息で潰しきれず

ラーズの援護が無ければ背後を取られ不覚を取る可能性もあり、

圧倒的な現状の戦果にはほのかな危うさも潜んでいた。


第一戦隊長にして騎士長たるオッピドゥスの身的能力は

英傑揃いの城砦騎士団の中でも群を抜いて高かった。

北方の大国カエリア王国の西部、ユミル雪原にかつて居たとされる

巨人族の末裔であるオッピドゥスの膂力はサイアスの約2倍である28。

また体力は2倍を超える29であり、体格に至っては華奢なサイアスの

5倍近い33であって、並みの眷属を上回り完全に人外の域であった。

そして戦のために存在するようなその巨躯を覆い尽くす

重厚にして精密な甲冑「城砦Ⅱ型」と専用重盾「メーニアⅡ型」には

貪隴男爵に破壊された旧仕様のそれらが有していた衝撃吸収用の

諸々の機能に加え、新たな機構が搭載されていた。


オッピドゥス独自の戦闘法たる八極のとう路を基に据えた盾格闘。

これにより発生する膨大な運動量と巨躯を活かした力積や衝撃。

それらを熱量に変換し装甲表面に発生させるこの新機軸の特殊機構は

戦闘を重ねるごとに活性化し、今や白熱した各部からゆらゆらと

陽炎かげろうを立ち上らせ、ただでさえ巨大なオッピドゥスをさらに大きく見せていた。

陽炎は幻影となって敵の視界に干渉し挙動を捕え難くし、また残像をまとわせる。

そして白熱化した装甲は敵を破壊しつつ熱分解し、その再生能力を無効化する。

動けば動く程、打ち込めば打ち込むほど強化されるこの機能は

継戦を得てオッピドゥスを白銀の輝きに包み込んでおり、

その様はまさに北方神話に語られる「霜の巨人」を彷彿とさせるものであった。



大地を揺るがし雷声を上げ、

ときに哄笑しつつ暴れるオッピドゥス。

これに怯んだかにみえた大口手足増し増しは

これまで続けていた断続的な幼体の放出をピタリと止めた。

新型甲冑の性能評価を参戦理由の一つとしていたオッピドゥスは

これまでの戦闘で既に十分な手応えを得ており、そろそろ仕上げに

掛かりたい風であった。そこで場合によっては一息に本体を仕留めてくれん

と付け入る隙を窺っていたが、大口手足増し増しはこれまでに倍する勢いで

急速にその漆黒の胴体を膨張させ、再び幼体を放出する気配を見せ始めた。


「ぬ、まだ来るか……」


元来専守防衛を旨とする第一戦隊の長であるオッピドゥスは

戦局に軽挙で応じるということがなかった。

敵の挙動に合わせ再度間合いを取り直し、屍に満ちた周囲の状況を

手早く見回して確認し、慎重に趨勢すうせいを見定めるオッピドゥス。

その視界の先で大口手足増し増しは破裂するかのごとく盛大に


ぼひゅひゅっ


と一息に3つのぬめった塊を吐いた。

塊1つには6体の幼体が含まれている。よって地に落ちたそれらは

すぐに18体の幼体となってウジャウジャと地を埋め尽くし、

ぐにゃりとウネりつつもカサカサとして、一斉にオッピドゥスへと駆けだした。


「……」


それは、虫嫌いのオッピドゥスとしては到底直視しがたい光景であった。

責務ゆえにひたすら苦虫を噛み潰ししらみ潰しに敵を潰してきた

オッピドゥスであったが、流石にそろそろ胆力の限界は近かった。



「俺はさっき

『こうなりゃ自棄やけだ! 徹底的に潰してくれるわ!』

 と言ったな…… ありゃウソだ」



そう吐き捨てるやオッピドゥスは

強烈な勢いで北西へと遁走を開始した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ