サイアスの千日物語 三十日目 その八
過半数の犠牲を出した末、ようやく隘路の外れを目にした
第二戦隊所属の偵察小隊は、眼前に広がる光景にただただ絶望していた。
そこを抜ければ助かる、そういった可能性を見出していた場所には、
無慈悲で不可避的な死を告げる忌わしき黒い翼が
空を叩いて待ち構えていた。
23体の羽牙は生き残った兵たちの恐怖と絶望をさらに深く
煽るがごとく、哄笑を上げつつゆっくりと隘路の上空を旋回し、
じわりじわりといたぶるように近づいてきた。未だ無傷で生き残った
3名の新兵と、半死半生の3名の馬上の負傷者、そして打ちひしがれた
兵士長アッシュは、せめて討ち死にをと武器を手にしてみたものの、
萎えた気力を取り戻し、敵に立ち向かうには至らなかった。
あとは緩慢で容赦の無い死を待つばかり。
そう覚悟したその時、西方から地鳴りに似た響きが轟いてきた。
それは事実地鳴りであったし、轟きであった。西方から砂塵を巻き上げ
馬蹄を響かせ、あらん限りの大音声を張り上げて、騎馬の一隊がこちらへ
と殺到していたのだ。兵士長アッシュは己が目を、耳を疑い、
そしてついに確信し、叫んだ。
「味方だ! 援軍がきたぞ!!」
危地にあって救いを求める者にそれがどれ程有難く得難いものか。
切望し尽くした一縷の光明は、瀕死の小隊の前に今、燦然と輝いていた。
第四戦隊副長にして城砦騎士であるベオルク以下18騎が、
城砦を出立しておよそ半刻が経過していた。
18名はいずれも馬術に心得があったが、無論力量に差はあり、
また馬の体力にも限界がある。そのため特に馬術に秀でた10名を
選りすぐって数頭の換え馬と共に先行させ、後続は乗り捨てた馬と
合流しつつ進むといった手法を取っていた。
その結果考え得る限り最速のタイミングで
10騎の援軍が辿り着いたのだった。
ベオルクは前方に黒くわだかまる羽牙の群れを見、
即座に伏兵とそれに蹂躙される偵察小隊の有様を察した。
そして追随して疾駆する9騎に対し、
「敵の注意をこちらへ向ける。あらん限りの大声で吠えよ。
馬蹄を響かせ、砂塵を巻き上げ威嚇するのだ」
そう告げると四頭目の換え馬に乗り換え、さらに加速し単騎で駆けた。
第四戦隊の騎馬の手練9名は、馬足を緩めつつ槍の石突で地面を叩き、
あらん限りの大声で吠えかけ、馬蹄と砂塵、そして大音声を演出した。
隘路の出口上空で偵察小隊の生き残りを弄ぶように羽ばたいていた
羽牙23体は、西方より迫る砂塵と馬蹄と音声に、
しばし恐慌を起こして金切り声を発した。
そして逡巡ののち、いつでも喰える瀕死の小隊を放置し、
まずは新たな脅威を排除することを選び、
一斉に騎馬の群れへと向き直った。
改めてよく見ると、騎馬はわずかに10騎であり、
しかも先頭の一騎のみがこちらへ速度を上げて突っ込んでくる。
羽牙たちは勝利を確信して笑い、嗤い、哂った。
そして愚かな騎馬に向かい、見せしめとして惨殺すべく
低空へ侵入し殺到した。
「小物ではあるが数はそれなりだ。腹の足しにはなるだろう」
ベオルクは誰に言うともなくそう漏らし、ズラリと長剣を抜き放った。
黒地に赤と金の蔦を巻きつけたような独特の拵えを持つその剣は、
青白い刀身に陽光をギラリと映し、目覚めたかのように明滅しだした。
「喰らえ、フルーレティ。久方振りの獲物だ」
ベオルクはそう叫ぶと雄たけびを上げ、単騎で敵群に突進していった。