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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十六日目 その四十

サイアスの号令に呼応し気勢を上げる部隊から、

第一戦隊長にして騎士長たるオッピドゥスが先陣を切って進軍した。

大股で歩む一歩ごとにガシュンガシュンと奇妙な音を立て進む様は

壮観であり、小走りにこれを追走する哨戒部隊の長はオッピドゥスの

草摺りの高さから、その巨躯と手にする両の重盾を眺めていた。


「何やら陽炎かげろうが立っておりますな。

 どういう仕組みで?」


オッピドゥスのたずさえる両のメーニアⅡ型及び

その身に纏う城砦Ⅱ型のうち大きな平面を持つ装甲の表面には

ゆらゆらと陽炎が立ち上っていた。

おそらくは相当な表面温度になっていると推測されたが、

中の人たるオッピドゥスは実に涼しい顔をしていた。


「相当熱いらしいから、触れんようにしておけよ。

 参謀部の連中がまた妖しげな絡繰からくりを内蔵しおってな……

 何でも運動量や衝撃を熱量に変換しどうのこうの、てな代物らしい。

 中身にゃまったく得るものはないんだがな」


オッピドゥスは苦笑しつつ漏らし、


「どうだお前ら。魅惑の兵団長殿は」


と問いかけた。


「なんといいますか、圧倒的ですな……

 我々のような、ただ走って武器を振り回すだけの生き物とは

 まるで違う、そんな感じがいたします」


兵士長はしみじみとそう言った。


「ふむ。まぁあのナリでアレだからなぁ」


オッピドゥスは苦笑し同意してみせた。


「隊の女共が目の色変えて張り切ってますよ!

 流石にもう嫁は要らないだろうけ…… ていてっ!」


速歩ながらにケラケラと笑う兵士が

近場の女兵士に蹴り飛ばされ、周囲から失笑が漏れた。

その様に苦笑しつつ哨戒部隊長は


「この小隊の面々は、宴の一夜目において

 兵団長閣下の策に従い、反射板を構えていたものが大半です。

 アレはとてもおっかなく、そして楽しく遣り甲斐のある策でした。 

 ともあれ我々に魔を討つ術を与えてくださった方ですから、

 それはもう、全面的に信頼しておりますよ」


と語った。他の兵士らも満足げに頷き、或いは笑んでいた。


「ガハハ、そうだったか!

 なら今回のこの策もきっちり成功させ

 新たな英雄譚の1ページにしてやらんとな!」


オッピドゥスは笑って足早にさらに南へと進み、

一方哨戒部隊は進軍を止め、東西に展開し火計の準備を開始した。

ここが50オッピの地点ということらしい。


「御意にて。では我らはここで作業に移ります。

 閣下、ご武運を!!」


第二戦隊哨戒部隊の20名は

これを警護する一戦隊の兵士長2名と共に

進軍するオッピドゥスを敬礼で見送った。



その後も南へと進軍を続けたオッピドゥスは

自身の歩数を確認し、一つ頷いてその歩みを止めた。

1オッピとは概ねオッピドゥスの2歩分強であったため、

オッピドゥスにとっては従来よりかなり計算が楽になっていた。


「さぁて、ここらが100オッピ、だな。

 ふむ、大分近くに見えてきたな……」


オッピドゥスの見やる先、およそ150オッピ程南の地には、

件の上位眷属がその威容を露わにしていた。大口手足増し増しは

前方に出現した貨車に匹敵する質量の塊であるオッピドゥスに対し

やや動きを止め、次いで加速しもとの倍近い速さで迫ってきた。

徐々に近付くその巨躯にはやはり足はなく、下部がグネグネと形を

変え、巨躯全体を微妙に前後左右にしならせ揺らしてバランスを

取りつつ駆けていた。


「成程、確かにあのウネウネは肢っぽい。

 というか心底気色が悪ぃ。これは逃げた連中を責められんな……

 イソギンチャク、か。これを喰らう東方諸国の連中ってのは

 一体どういう神経をしとるんだ……」


顔をしかめ、溜息交じりでそう呟いたオッピドゥスは

手早く周囲の地形を確認し起伏や地荒れ等の

位置情報を頭に叩き込み、足場を固めて迎撃態勢を整えた。

大口手足増し増しはさらに距離を詰め、

オッピドゥスからおよそ70オッピという位置で完全に静止した。

これは奇しくもランドの操る攻城兵器の射程外であった。

オッピドゥスはもしやこちらの意図がバレたかと眉をひそめたが

結果的に足止めできれば問題ない、とすぐに慮外に置くこととした。



およそ70オッピの距離を取って物言わず対峙すること暫し。

丁度オッピドゥスの背丈と同程度の円筒状の胴体を持ち、

その上にウネウネと無数の触手状の器官をうねらせる、

ヌメやかに輝く漆黒の上位眷属・大口手足増し増しは

不意にその胴を大きく膨らませ、次いでぶっと上部から何かを飛ばした。

馬2頭分はあるその傍目にも不快な飛翔物は粘性の高い液体を

撒き散らしつつ北方へと大きく放物線を描き、

30オッピ程も飛んで地に堕ちた。


飛翔時は球形に程近かったその物体は接地の衝撃でぐしゃりと潰れ

べしゃりと複数に分かたれて、軟体生物の如き触手状の器官を

天へとウネウネとクネらせていた。触手は不意にグルリとしなって

大地を掴み、地にあった平たい部分を持ち上げて4本一塊となり立ち上がった。

形状や厚み、何より動きに不安定さは残るものの、どうやらこれは

城砦西方の岩場を活動域とする戦力指数6を誇る眷属・大口手足の

幼体とみて間違いないようだった。


飛翔物から分かたれた大口手足の幼体は実に6体。

これらは二、三度身震いしたかと思うと或いは飛び跳ね、

或いは地を滑るようにして、明確な殺意と捕食の意図を伴って

オッピドゥス目掛け迫ってきた。



「うげぇ! こりゃ酷ぇな! 

 普段の大口手足も大概だが、やわっこくてウネウネしてると

 数層倍はキモいぜ。あぁ、今すぐ城砦に逃げ帰りてぇ……」


ドスの利いた声でそのように泣き言を言いつつも

目を爛々と輝かせ、面頬を下げ武装を整え、

オッピドゥスは迫りくる敵に備えた。

そして敵が自らに取り付く暇をまるで与えず、先の先を取って

猛速度で両のメーニアⅡ型を打ち込み大口手足の幼体を吹き飛ばし、

瞬く間に4体を屍へと変えた。やや出遅れた2体は南西へと跳躍し

距離を取って様子を見ようとしたが、そこに北西から横殴りの黒い影がよぎり、

2本、3本と幼体に突き立って2体とも絶命させた。


「ほぅ。これが魔弾、これがラーズか。

 噂通りの腕前だな」


オッピドゥスの遥か後方、北西に流れた位置には

グラニートに騎乗したラーズがおり、再び矢をつがえ狙撃態勢を取っていた。


と、その時再び二度と耳にしたくない音が響いた。

ぶっと汚らわしい音を立て、大口手足増し増しが

粘液に塗れた巨塊を吐き出し宙へと飛ばしたのだ。

ヌラヌラとした巨魁は先刻同様地に落ち再び6体の幼体となって

オッピドゥス目掛けて突き進んできた。


「ぬぅう、また湧きやがったか……

 くそ、仕方ねぇ。こうなりゃ自棄やけだ! 

 徹底的に潰してくれるわ!」


オッピドゥスは吐き捨てるように、

しかしどこか楽しそうにそう吠えた。

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