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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十六日目 その三十七

「に、しても……」


腕組みし、やや斜に構えて南方を見やり


「おっそいわねイソギンチャク! イライラすんだけど!」


とロイエが吠え、哨戒部隊の兵士らもまた苦笑しつつ頷いていた。

件の異形の進軍速度は先刻の一個中隊に比して明確に遅く、

未だ本陣とは十分な距離があった。遮蔽物が少なくラーズの捕捉が

極めて早かったことも、こうした苛立ちを助長しているようだった。


「ランド、距離と速度を算定できるかい?」


東西に三台並ぶ車両のうち、東端にあるオッピドゥスの貨車の

御者台から、サイアスが西端の台車へと声を掛けた。


「あ、はい、ちょっとお待ちを」


ランドはそういって攻城兵器の照準器を覗き込み、

カリカリと目盛をいじって何やら測定して


「現在位置は…… 約450オッピ。

 発見位置は600でおよそ5分経過という所だから、

 推定で時速……」


と計算に入ったところ


「1800オッピですね。兵士の速歩よりやや遅い程度かと。

 無論戦時行軍ではないのでしょうが、現状の速度を維持した場合

 本陣への到着はおよそ15分後。これはマナサ様の示された

 騎兵隊の予想帰陣時刻よりも10分前後早いものとなります。

 

 またこの眷属の移動速度からいって、おそらくは先刻殲滅した

 機動力の高い中隊よりも事前に丘陵を進発したものと考えられ、

 かの部隊がこちらと交戦し状況を処理した後の、騎兵隊に対する

 伏兵として準備されたものではないかと推測されます。

 

 奸知公爵は先の中隊との移動速度の格差を考慮してこの眷属を

 先行させておいたものの、我々の奮戦がその予測を遥かに

 上回っていたがために計算が狂い、現状に至っているのでしょう」


とルジヌが引き継ぎ、

流麗かつ怜悧に分析してみせた。


「ふむ、一杯喰わせてやったのが効いている訳か。

 まぁ相当派手に暴れてみせたからな。

 自策が裏を掻かれたとはいえ、戦の観客たる

 奸知公爵にとっては随分楽しい見世物だったろうぜ。

 それでルジヌよ。アレの照会は済んだのか?」


オッピドゥスはそう言って

再びグビリとあおいだ杯を貨車へと仕舞い込んだ。


「はい。照会の結果、9割5分強の確率をもって

 11年前に目撃例のある、とある上位眷属と同一か

 その延長線上の存在であるとの結論を得ました。

 推定戦力指数36。名称『大口手足増し増し』です」


「……あの、今、何て?」


ランドは我が耳を疑い、思わずルジヌに聞き返した。


「大口手足『し』です」


ルジヌは明確に不機嫌さを増し増しにして、

一言一句区切りながら再度答えた。


「あっはい。すいません…… うわぁ……」


ランドはびつつも呻いてげんなりし、

周囲の兵士らも似たり寄ったりの表情となって


「ひでぇ名前だな」


とラーズがざっくり止めを刺した。



「命名権は初遭遇した部隊に与えられるのが常ですので」


ルジヌはそう言って肩を竦め、ちらりとサイアスの方を見た。

サイアス小隊は先日の城砦北方での戦闘で新たに発見された

水棲の上位眷属に「はたこ」と命名している。

その辺りの意を含んだ視線だろう。

そう判じたサイアスは素知らぬ風を装って、

腰の小袋からカエリアの実が数個入った紙包みを取りだし、

出掛けに選んでおいた、よく熟れた赤い実を1つ摘まんで口に運んだ。

潤沢な水分を含んだ甘い果実はまさに御馳走と言ってよく、

サイアスはこれを目を細めて堪能した。

そして恨めしそうににらむロイエに苦笑し、

ひょい、と包みを投げて渡した。


ルジヌはそうした様子を見つめ、

サイアスが存分に満喫しているまさにその頃合いに合わせて


「ちなみに遭遇したのは当時はまだ城砦騎士であられた

 ローディス閣下の小隊で、命名者は城砦騎士グラドゥス卿です」


と涼しい顔で追加情報を与えた。


「くほっ!! けふけふ ぇっふ……」


サイアスは盛大に咽せ涙目となってしまった。



顔をしかめてサイアスへと振り返り、


「お前ぇの伯父上じゃねぇか。

 ……それで戦闘報告はどうだ?」


と問い質すオッピドゥスに対し、ルジヌはさらに


「報告書に曰く

『岩場で発見。キモいから逃げた。テヘペロ』

 以上、原文ママです」


と答申し、


「……流石は『紅蓮の愚連隊』の副長殿だ。

 たった数行の報告ですら、全力でお困り様だな」


オッピドゥスは苦笑しつつばっさり斬り捨て、

サイアスは頭を抱え呻き、兵士らはケラケラと笑っていた。



「十年一昔ほど前といやぁ、俺が入砦した頃だな。

 あの頃は俺も今より随分華奢でな。紅顔の美青年と呼ばれていたぜ」


「……」


しれっとほざくオッピドゥスに対し

一同は黙して語らず否定の意を示していた。


「なんだお前ら、その沈黙は」


オッピドゥスは不満げな視線で周りを見やり、

兵士らは次々と視線を泳がせて、挙句ランドへとお鉢がまわってきた。


「!? ……僕はツッコまないよ? 

 シェドじゃないんだから!」


ランドは全力で手と首を振って

ノーコメントを貫いた。


「フン、まぁ良い。

 まだ昔を懐かしむ歳でもないからなぁ」


オッピドゥスはすぐに興を失い、

一人勝手に納得していた。


「……閣下は今、御幾つなので?」


ランドが道連れを求めて必死に見つめてくるために

仕方なくラーズがその様に問うた。


「俺か? 今年で37だな。まだピチピチの30代だ」


オッピドゥスはドヤ顔でそう答え、


「うゎぁ……」


とあちこちで溜息とも呻きとも付かぬ声があがった。

それをどう取ったものか、


「ガハハ! まぁ俺は女房にしか興味がない!

 というか女房が怖い!! 迷惑だから惚れるなよ!!」


とオッピドゥスは上機嫌となって愉快げにのたまった。

サイアス小隊の女衆は言わずもがな、

ルジヌや数名居た哨戒部隊の女兵士が一斉に

冷たい視線を投げ掛けたが、オッピドゥスはまるで動じることなく


「大口手足の上位種であれば、共通点も多いということか?」


とサラリと話題を切り替えルジヌに問うた。


「はい。先日閣下の撃破された『できあがり』の特徴と照らしても、

 その判断で間違いないものと推測されます。

 またこの上位眷属に関しては後日追加情報が出されており、

『ありゃあ集合体だな。ううん、知らないけど絶対そう!』

 とのことです。こちらも原文ママです」


常に職務に忠実なルジヌはいささかも拘泥こうでいせず

オッピドゥスの問いに答え、さらなる情報を補足した。


「成程な。なんだかんだで調査自体はしたって訳か。

 この辺も連中らしいところだな…… ガハハ!

 さて、作戦を練るのに必要な情報は揃ったようだ。

 うむ! では兵団長サイアスよ。采配は任せるぞ!!」


オッピドゥスはそういうと腕組みし、

踏ん反り返ってサイアスにニマリと笑んでみせた。

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