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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十六日目 その三十二

北西の本陣目掛け殺到する残存戦力たる眷属11体は

西方に張られた火と矢の壁を避け、かつ北東から抉り込むように

駆けてくるオッピドゥスを避けて、本陣の真南から

真っ直ぐ北へと攻め入った。突入角こそ限定されたが

進路の全てを塞がれた訳ではなく、眷属らの前方には依然として

敵陣前方に立ちはだかる3名の陣形と横隊で当たれる空隙があった。



眷属の目的は飽くまでサイアスの捕縛であり、

本陣への急襲はそのための誘引策であった。

特定の箇所に攻撃を仕掛けて守勢と意識をその箇所に固め、

機を見て別の箇所へと致命の一撃を与える。

この戦術を世に「偽撃転殺ぎげきてんさつの計」と呼ぶ。

専ら複数の門を持つ城砦等への攻め手として知られるが

本質は敵勢とその意識の誘引にあり、敵を自らの意図に

沿って自在に動かすことにあった。すなわち眷属が

その機動性を存分に活かして描くこの詭道きどうこそ

野戦仕様の偽撃転殺計であり、神算鬼謀の粋に通じる

奸知公爵の面目躍如といった様相であった。


攻め入った本陣にて適度に殺して実害を出せば、

獲物であるサイアスは救援もしくは報復目的で確実に、

場合によっては我を忘れて突っ込んでくることになる。

そこを待ち構えて逆襲し、捕縛し持ち帰るのが

この策略の骨子であった。要は尾にも頭の付いた

蛇のようなものであり、むしろ尾の頭が本命であったのだ。


奸知公爵にとり、興味があるのはサイアスの歌声である。

よってサイアスの顔と歌声を出すための胴が無事でさえあれば、

後は大した問題ではない。邪魔な手足をもぎ、首と胴のみにして

生かしたまま手早く持ち帰る。それがこの眷属らの使命であった。

そこで残る11体のうち捕縛を担う大口手足数体は敵群の最後尾で

防備を固めて待機に入り、攻め入る速度をそのままに

まずはできそこない5体がデネブらの後鋭陣へと突き進んだ。



醜悪な人面で赤子の声を出して叫び、

牙を剥いて鉤爪を怒らせつつ、できそこないは5体は殺到した。

できそこないたちは前衛が2、中央から三角形を成すように

後衛が3といった、丁度「火」の字をかたどった陣形を採っていた。

このうち上部の点にあたる2体が2枚盾となって守備を担う

前衛のデネブとディードに襲い掛かり、その間隙を縫って

人の字にあたるくさびの3体が中央突破し、

3体掛かりで攻撃専門で守備力の低い後衛ロイエを即殺。

その後背後からデネブとディードを挟撃し3名を血祭にあげ、

適当に喰らって再び距離を取る。これが5体の描く戦術であった。

眷属にとって女兵士3名の肉は甘美極まる御馳走であり、

5体のできそこないはいずれ劣らぬ殺戮と捕食の衝動に

満ち満ちてあふれ、勢いよく吠えていた。



眷属たちは見誤っていた。

それは余りに華麗なサイアスの智勇や

余りに豪快なオッピドゥスの武勇を目の当りにしたせいも

あったろう。そうした比較対象からすれば少なくとも

今攻め入る後方待機のこの後鋭陣3名はごく普通の

か弱き城砦兵士に過ぎないだろう、そういう侮りがあった。

そしてなまじ人に近い顔を持つだけに、その侮りはありありと

表情に出て後鋭陣の3名に伝わっており、ひたすら火に油を注いでいた。


眷属たちは見誤っていた。

この3名はごく普通のか弱き城砦兵士などではなかった。

いずれも平原の軍勢一個大隊に匹敵する城砦兵士長であり、

専用武器を与えられ特務を担う猛者中の猛者だったのだ。



火の字の陣形をもって挑みかかるできそこないのうち、

まずは前衛2体がそれぞれデネブとディードに襲い掛かった。


デネブに襲い掛かった1体は猛然と加速し、

剽悍ひょうかんなる両の剛腕を振り上げて

鋭利な鉤爪でデネブを抱きかかえるように薙ぎ払おうとした。


しかしデネブは先の先を取って神速で踏み込み、

名工インクスの鍛えた専用槍ギェナーを繰り出した。

デネブの槍術技能は7であり、広く世に名をうたわれる

水準であって、その冴えは既に騎士級であった。

ただの一度にしか見えぬその突きは実に3度敵を貫き、

南十字星に似たその穂先は上体を起こしたできそこないの

腹、胸、首をズタズタに裂いて絶命させた。


デネブの猛攻はそれで止まらず、さらに一歩踏み込んで

前のめりに倒れくるできそこないの屍をイチタテとも呼ばれる

重盾メナンキュラスで左から右へと殴り飛ばし、

ぐしゃりと音を立て吹き飛ぶできそこないのその首を

剣聖剣技「旋」を以てすくい上げる様にして斬り飛ばした上、

振り上げたギェナーをそのまま縦に旋回させて

後続のできそこないへと石突で打ち飛ばした。


打ち飛ばされた首は前衛2体に続き攻め入る態勢であった

後続の左端の1体の頭部に命中し、直撃した1体は

脳震盪のうしんとうを起こしてグラリと揺れた。

一瞬意識の飛んだできそこないの眼が次に捉えたもの。

それはメナンキュラスを構え槍を腰溜めにして

爆発的な勢いで突っ込んでくる蒼き流星の如き甲冑の突撃であり、

前方の1体の前肢を斬り飛ばし迫る、青みを帯びた鋭利なる刃であった。


攻め込んできた1体をほふり、後続先頭の1体に手傷を負わせ

さらに左端の1体を肉塊へと変えたデネブは

風車の如くギェナーを旋回させ、より後方の大口手足を威嚇して

油断なく元の立ち位置へと戻っていった。


こうして本陣を護る後鋭陣を襲撃した5体のできそこないのうち、

まず2体が屍となり、1体が手負いとなったのであった。

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