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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十六日目 その三十一

南方の空に現れた斥候たる羽牙をラーズが射落とし、

マナサら騎兵隊がさらに西方の遺跡へと去って

既に10分強が経過していた。


南の丘陵地帯からやってきたと思われる

斥候を含む総数58体から成るこの眷属の一個中隊は既に

羽牙が15、できそこない15に大口手足13の

計43体が撃破され、部隊としては壊滅状態にあった。


闇の月の期間であることも手伝って獰猛に過ぎる衝動に

隠れてしまってはいるものの、本来は眷属もまた、

魔程ではないが高い知性を有していた。

常ならば3体1組の1体でもやられれば即逃走を開始する

羽牙を例に挙げるまでもなく、6割に及ぶ損耗を出した以上

撤退を開始してしかるべき頃合いであり、

中空で馬首を返しオッピドゥスの乱舞する修羅場を回避して

再び地へと降り立ったサイアスは、そうした予測のもとに

距離を保って成り行きを見守っていた。


そしてそうしたサイアスの予測の通り、

幸運にも九死に一生を得た残りの眷属たちは先を争うようにして

逃走を開始した。ただしこれは飽くまでオッピドゥスからの逃走であり、

本来の目的を忘却して戦域を離脱し丘陵へと逃げ帰る

といった意図のものではなかった。


抗い難い甘美なる恐怖を以て眷属を自らの手足の如くに衝き動かす

大いなる魔、奸知公爵にとって、これらの眷属はまさに捨て駒。

使い捨ての木端に過ぎず、1体残らず死に絶えるその時まで

戦い果ててその魂を捧げることのみが許可されており、

強敵を前に逃走を図ることなどあってはならないことであった。

また、奸知公爵はこの数分間の戦闘における状況を

その比類なき智謀で精確に分析し、既に次なる一手を導き出していた。

追えば逃げるサイアスや、当たれば文字通り瞬殺されるオッピドゥスへと

眷属を差し向けるのは愚策と見做した奸知公爵は、逆説的な発想で

本命であるサイアスを誘引すべく本陣へと、台車及びそれを護る

小隊の面々へと残る15体を殺到させたのだった。



サイアスははっとして本陣へと殺到する眷属の群れを見やり、

次いで自らに近い位置に居るオッピドゥスを見た。

オッピドゥスは顔をしかめつつも大口手足1体へと追い縋り

宙へと蹴り上げ左右のメーニアⅡ型で挟んで圧殺したのち、

肩越しにサイアスへと振り向いて、行くな、と首を振っていた。

サイアスは頷くと右手で腰の背からククリを逆手に抜き取り、

気迫を込め逆袈裟に斬り上げるようにして遠ざかる羽牙3体へと

投擲した。ククリは高速で回転しつつ弧を描く軌道で

右側面斜め後方から薙ぎ払うように羽牙3体へと飛来した。

だが羽牙3体は振り向くことなく事もなげにこれをかわし、

ククリはその後地を往く大口手足の背中に当たり弾かれた。

ククリを躱した羽牙らは本来の調子を取り戻したか、

わざわざサイアスに向き直り嘲笑するが如く

その場に横並びで羽ばたいた。


魚人や羽牙は他の眷属に増して人を心理的になぶるのを

好む傾向があり、サイアスは既にこれを熟知していた。

要するに、この一投は囮であった。


ふざけて踊り飛ぶ羽牙3体の左側面から

ククリに数倍する速さで飛影がよぎり、3体まとめて次々に貫いた。

何が起きたかも判らぬまま屍と化した羽牙たちは

緩やかに錐もみしながら地に堕ちていった。

その比類なき一矢を以て無数の戦場で無数の敵を屠ってきた

ラーズが阿吽の呼吸で一瞬の隙を最大限に活かし、

魔弾による神技をきめたのであった。


地に堕ち往く羽牙や北西へと駆けていくできそこないと

大口手足を不本意ながら見送りつつ、

今すぐできるのはこの程度。まずは味方を信じるべしと

サイアスは自分に言い聞かせ、次なる一手に備えることにした。



「敵は暫時目標を変更したようです。

 残数11、距離50、できそこない5大口手足6。

 進路北西、目標は台車及び本陣。

 恐らくは兵団長閣下を誘引する一手かと推測されます」


状況を瞬時に読み取って、軍師ルジヌがそう報告した。


「ふぅん? こっちにねぇ」


戦場剣を右脇構えにしていたロイエが

再び突撃姿勢をとり、迫る11体の眷属を見据えて

苛立ちを隠すように猫撫で声を発した。


「ま、組し易しってことなんだろうな」


ラーズは相変わらず剽げた調子でそう言うと、

火矢を手に取り弓へとつがえた。


「つまり、我々を舐めている、と」


歴戦の兵士長であるディードがジロリとラーズを睨み、

より剣呑な表情で眷属の群れを睨んだ。


「そう。殺すわよ」


姿の見えぬニティヤが冷徹にそう告げ、

デネブ、ディード、ロイエは無言で静かに頷いた。

組し易しと侮られた事に加え、サイアスを釣り出す

囮と見做され扱われることに、ただでさえ高い

プライドをいたく傷つけられたサイアス一家の女傑衆は

松明の炎も凍てつくがごとき怜悧な殺気をほとばしらせ

敵の接近を待ち受けていた。



「何ともこれは、恐ろしいね…… 

 手を出すなとか、言わないよね?」


主語をはぐらかし、

ランドはおっかなびっくりそう問うた。


「ランドさん、ラーズさん。

 乱戦となれば味方の巻き込みを嫌って

 オッピドゥス閣下が存分に武を振るうことができません。

 炎と弾幕で敵の進路を限定し、戦局を整え接近戦の支援を」


どれだけ怒気に包まれようと軍師はやはり軍師であり、

両の眼に狂おしい程の光を宿しつつも

ルジヌは冷静な指示を出した。


「了解しました!」


「了解したぜ」


ランドとラーズは同時に応じ、早速重囲を防ぐべく

油玉と火矢で迫る敵群の右側面を焼き、

回り込もうとする敵を優先して狙う構えをみせた。


眷属の群れは既に台車の南前方に立つ3名から

10歩という距離にまで迫り、獰猛な牙を見せあるいは

巨漢のように立ち上がり、3名を威嚇し始めた。

東からはオッピドゥスが迫り、西は油と火。

真北のみを進路として、眷属の群れはサイアスを釣り出すべく

本陣へと攻撃を仕掛けてきた。

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