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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十六日目 その二十八

「さぁて、どう攻める!」


南方から迫る敵の一群を睥睨へいげいしつつ、

オッピドゥスはサイアスにそう問うた。

どう守るかではなくどう攻めるかと問うあたりに、

既に自身の解答は決まっている風を匂わせてはいた。


「軍師殿の見解は?」


サイアスは歴戦の城砦軍師である

ルジヌへと意見を求めた。


「具申いたします。

 まずは敵の狙いを確かめ、これに応じた布陣を整え

 堅守して、味方の合流を待つのが盤石かと存じます」


ルジヌは満面の笑みを以て、

しかし冷徹に抑揚を殺して見解を答申した。

自らの教え子が将に育って自らを率い、戦陣で軍略を仰いでくる。

けだし師を名乗る者にとって、これは極上の喜びであった。


「ふむ」


既に歴戦の武人であり、才気に溢れる将でもあるサイアスは

静かにその具申に耳を傾けていた。


「ただしこちらは寡兵。多勢に無勢であり、

 包囲可能なだけの敵群に対し現状をそのままに

 全方位的な守備を継続するのは困難です。

 時間の経過と共に少なからぬ損害も出るでしょう。

 これを避けるにはやはりある程度、初手で削る必要があります」


「うむ。攻撃は最大の防御だ。

 守るべき城砦がない以上、気楽に突っ込んでいけるからなぁ」


ルジヌの追申に対し、

オッピドゥスはカラカラと笑っていた。

城砦の防衛を第一義とする第一戦隊の長であるオッピドゥスにとり、

背負うものなく戦える機会は滅多に訪れぬものであった。


「では……」


サイアスはルジヌの見解を受け、


「まずは敵の真意がどこにあるか、即ち

 城砦側に戦力的な痛手を与えることを目的としているのか、

 それとも私個人を捕縛することを目的としているのかを

 確かめることといたしましょう」


ミカをクルリと旋回させ、彼我の陣全体を確かめた上で言った。



敵の一群の先陣は、既に200歩弱というところに迫っていた。

歪んだ人の頭部と筋肉質な四肢、そして翼の残滓を持ち

赤子の声で泣く大柄な肉食獣に似た眷属、できそこない20体の

成す敵先陣は、後方に遅れた大口手足の進軍を待つべく

やや速度を落とし、それ以上に突出して来ようとはしなかった。

また奇岩や割れた大地、上り坂といった速攻を困難にする

要素を持たぬ上空の羽牙の一群17体も

大口手足の合流を待って南方上空を旋回しており、

異なる種族でありながら斯様かような陣形への配慮を示す辺り

この混成軍たる一群の背後には絶対的な支配者たる魔、すなわち

奸知公爵の意図があることを仄めかしていた。



「まず、私が単騎で南西へと流れます。

 閣下と我が小隊には台車の南正面を中心として

 閣下を左前方、後鋭陣を右後方といった形で布陣願います。

 

 敵が私を追ってくるようであれば私は即座に馬首を返し

 敵を引き連れて北東へと流れます。閣下には敵群の側背へと

 突撃を掛けて頂き、漏れ散った敵は後鋭陣にて邀撃ようげきを。


 敵が私を追わず台車を中心とした本陣へと突き進むようであれば

 閣下らにはそのまま迎撃態勢に入って頂き、私が敵の側背から

 奇襲を仕掛け、一撃離脱し陣形を崩します。

 

 羽牙の一群に対しては、

 台車の攻城兵器とラーズに対応を一任し

 適宜応戦し殲滅を進める方針で。

 

 この戦術にて敵群に臨み、敵に一定の被害を与えた後は

 味方の到着を待つ形で適宜防戦に移行するのが宜しいかと」



指令室で多くの重要な戦局を督戦してきた成果か、

サイアスは軍師のように戦況を分析し戦局を看破し戦術を語った。

その様にオッピドゥスは大変満足げな表情を見せ、


「うむ。流石に貪隴どんろうをハメただけはある。

 なかなかの将帥ぶりだな。どうだ軍師よ」


とルジヌに問いかけた。


「閣下の仰る通りかと。

 こうして名将の采配に立ち会えることは

 一個の軍師として望外の誉れでもあります。

 ただし敵がこちらが寡兵であることを己が利として

 攻撃目標を分散する可能性も考慮に入れるべきでしょう。

 初手は攻城兵器による砲撃とし、その後に

 兵団長の策に従って戦闘機動を開始されるのが宜しいかと」


ルジヌはサイアスの策に賛同しつつも

現状に即応した微修正を加え、完成形とした。

サイアスはこれに大いに頷き、オッピドゥスもまた頷いていた。



「軍師殿の言われることはもっともです。

 では早速実行に移しましょう。ランド!」


サイアスは後方で状況を見守るランドへと声を掛けた。


「はい!」


「砲撃開始だ!」


「了解!!」


ランドは勢いよく簡潔にこれに応じ、

大口手足の合流を待って南方を旋回する羽牙へと

攻城兵器による第一射をおこなった。


バツンッ。


と衝突音が鳴り、重なるようにして


シュォンッ。


とやや金属質な擦過音が鳴った。

拳二つ分程の大きさをした陶器の球体が

高速で飛翔し、みるみる距離を延ばして敵陣上空へと迫った。


「いくぜ」


ラーズは短くそう発すると身体をやや寝かせ、

弓を水平に構え下から掬い上げるようにして火矢を放った。

ボっと音を立て、先行する球体に倍する速さで空を駆ける火矢は

逆説的な放物線を描いてギュルギュルと高度を上げ球体を追い越し、

球体の描く放物線が降下に移り羽牙の群れの只中に飛び込む辺りで

急激に角度を変じ、急降下した。まるで生き物の如く変幻自在に、

火の鳥の如く飛翔するラーズの魔弾は見事に球体を貫いて、


ボンッ。


と小さいながらもはっきりとした振動を伴って

球体は破裂し飛散して陶片と内部の油を撒き散らし、

周囲の羽牙数体を燃やした。羽牙の群れは不意を突かれて

混乱し、次いでさっと二つの群れに別れた。


「初弾命中。撃墜6。残数11」


ルジヌは抑揚なくそう報告した。


「ハッ! こりゃいい!」


ラーズは楽しげに声をあげた。


「流石ラーズ。どんどんいくよ!」


ランドはクランクを回して弓を引き、

次弾を装填して発射準備を進めた。


「おぅ、任せな!」


ラーズは威勢よく応じ、さらなる砲撃が続けられた。

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