サイアスの千日物語 四十六日目 その二十七
「シェド! 東方の第二戦隊哨戒部隊に救援要請を」
「おっしゃ、待ってろ!!」
言うが早いか台車を飛び下り、シェドは猛速度で東へと
突っ走っていった。下り坂なこともありその勢いは凄まじく、
名馬顔負けの駆けっぷりであった。
「ランド! 台車を固定し攻城兵器の発射準備を」
「はい!」
ランドは勢いよく返事すると荷台に設置された
攻城兵器の基部に、溝のある角材に似た部材を組み付けた。
長さは手槍に近く幅は小手の倍は有り、溝は拳大の半円状で
金属張りとなっていて、内側には潤滑剤が塗られ
木の部分には一定間隔で目盛が刻みこまれていた。
これは矢玉を滑走させるための砲身であった。
この攻城兵器は総体として、据え置き式の大型弩である
「バリスタ」の改良型であり、前方に飛距離と精度を増すための
追加砲身を接続し操作用の台座と照準器を追装したものであった。
ランド自身が設計したこの新機軸のバリスタは、発射機構として
軽量小型の複合弓を水平に一つ、両脇に二つと計3つ合わせることで
通常のバリスタの2割増しの重さで2倍近い張力を実現していた。
ランドは脇に取り付けられたクランクをクルクルと回して弓を引き絞り、
バリスタの基部に台車に積んであった箱をそのまま取り付けた。
すると箱の底の一部が開き、内包された矢玉の一つが転がりでて
当て布のされた投射用の金具の前に落ち着いた。
その後ランドは設置された遠眼鏡付きの照準器を利用して
砲身の角度や弓の張力を微調整し南方上空から迫る羽牙の群れに
狙いを合わせ、投射準備を着々と進めていった。
サイアスはその様を満足げに見つめつつ、
次はラーズに声を掛けた。
「ラーズ! 目視にて周辺を哨戒しつつ
ランドと協力して敵飛行部隊の殲滅を」
「任せな。ランド、どう攻める」
ラーズはニマリと笑って頷くと、
矢を選びつつランドに尋ねた。
「こちらで敵に向けて油玉を射出するので、
火矢で打ち抜いて爆散させて貰えるかな」
ランドはさらりとそう言った。
かつてグウィディオンとの戦いの際にブークが見せた神技を
ぶっつけ本番でやれとのことだった。
「ハッ、無茶言いやがるぜ!
だが無理じゃねえ。やってやるさ」
ラーズは実に楽しげに笑い、
松明を用意し火矢の準備を進めた。
「ロイエ、デネブ、ディード!
後鋭陣を形成し台車前方に布陣。流れてくる敵を迎撃してくれ」
「了解!」
ロイエとディードが声を揃えてそう答え、
デネブと共に馬車から降り立った。
左前方にメナンキュラスとギェナーで武装したデネブが、
その数歩右に半歩下がってディードが立った。そして
両者の間の後方には、戦場剣を手に取って
右手で柄を浅く握り、左手で鍔を握りしめて腰だめにし
突撃姿勢をとったロイエが立った。
3名による後鋭陣は台車の南前方に立ちはだかり、
台車を警護しつつ邀撃にあたる構えをみせていた。
「ベリルと軍師殿は台車から治療と情報支援を。
ニティヤは台車の警護を頼む!」
「はいっ!」
「了解しました」
ベリルとルジヌの二人は短く応え、
各々の準備を整えた。
ベリルは湯と白布及び事前に居室で調合した
諸々の薬品を準備し、いつでも治療に当たれる態勢を整えた。
ルジヌは特に準備らしいことをせず、ただいつも着用している
眼鏡を外した。すると右の眼からは青白い燐光が。
左の眼からは薄紅色の燐光が時折宙を舞い遊んだ。
ルジヌは魔力の影響がその両の眼に色濃く顕れていた。
そして敵を凝視することによって神経麻痺を引き起こし、
窒息させ遂には死に至らしめる、そういった戦法を
得意としていた。いわば眼鏡は鞘がわりであったのだ。
「こちらのことは任せて頂戴」
ニティヤはサイアスを安心させるように
力強く答え、そしてふっと姿を消した。
どうやら臨戦態勢に入ったようだった。
マナサら本隊が去って既に3分が経過し、
地上部隊との会敵予想時刻までおよそ3分強といった
ところで、サイアス小隊は一通りの準備を済ませた。
それを見計らって、ルジヌがサイアスに声を掛けた。
「兵団長閣下。もうお一方にも指示を願います」
ルジヌはそう言って本隊には追走せず置き去りとされていた
4頭立ての大型貨車を見やった。御者の二人の兵士は
いつの間にやら全身に追加装甲を施して甲冑姿となり、
武装と整え馬車を警護する姿勢を見せていた。
「その方には……」
「えっ!? まだ誰かいるの?
っていうかその大きな馬車、皆に付いて行かなかったんだ?」
サイアスが言い淀んだところにランドの声が重なり、
直後キュラキュラと聞き慣れぬ金属音が響きだした。
音と共に巨大な貨車の上部が左右に割れていき、
中から膨大な質量を持つ金属の塊が出現。
金属塊は何とムクリと起き上がり、
周囲に大きな影を落としつつ宙へと跳びあがった。
優に一拍は滞空して地に落ちた巨魁は
ズゥウウゥウウン。
と盛大な地響きと土煙を立て、次いで各所の溝から
ゴバァァ。
と蒸気らしきものを噴き出した。およそ生物らしからぬ
動く金属の巨魁の正体。それは、全身を特殊な機構を具えた
新造の専用甲冑に包んだ巨人族の末裔たる巨漢。
第一戦隊長にして城砦騎士長
オッピドゥス・マグナラウタス子爵その人であった。
「ガーッハッハッハ!! よく寝たぜ! 遠出も久々だ」
「お、オッピドゥス閣下っ!?」
ランドが呆気に取られ、素っ頓狂な声を出した。
ラーズはあんぐりと口を開け、ロイエらもまた驚きを隠せず
ベリルに至っては台車の上で腰を抜かし引っ繰り返っていた。
「ガハハハ! 良い反応だ! そうでなくっちゃな!!
ま、奸知公爵閣下もなかなか悪知恵が働くようだが、
性格の悪さならうちの軍師どもが一枚上手だってことだ!
あちらの策など端から百も承知! その上でこの新甲冑
『城砦Ⅱ型』の運用試験を兼ねて、こうして俺を運んできたわけだ」
オッピドゥスは面頬を上げて破顔一笑し、
ジト目で見つめるルジヌとサイアスを見やった。
「何だ、驚かんなサイアス。気付いてたのか?」
オッピドゥスはつまらなさそうにそう言った。
「城砦を発つ時の御者の敬礼が
第一戦隊哨戒部隊のものと同じでした。そもそも
参謀部にこんなゴツい兵士は居ませんので」
サイアスはそう言って大型貨車の警備にあたる御者たち、
その実第一戦隊兵士長たる2名を見やった。
「あん? ヴァディスが居るじゃねぇか」
オッピドゥスは不満気にそう言った。
「……ノーコメントでお願いします」
サイアスは後難を懼れて顔を背けた。
ルジヌはその様に軽く噴き出し、オッピドゥスは上機嫌となった。
「ガハハ! お前にも怖いものはあるようだな!
まぁいい! 兵団長サイアスよ。
このオッピドゥスの武、お前に預けよう。
存分に使い切ってみせい!!」
オッピドゥスはそう吠えると貨車からやはり新造の
専用大盾「メーニアⅡ型」を取りだして両の手に構え、
数百歩の距離にまで迫った眷属の群れへと向き直った。




