サイアスの千日物語 四十六日目 その二十五
「ほほー、にゃるほろ…… 今回の宴には魔が3柱。
そのうち貪隴男爵ってのは一夜目に四戦隊のオヒゲ様が仕留めたんか。
やっぱトンでもねぇのな。ただのロリヒゲオヤジじゃ無かったぜ……
おぃ! チクんなよ! 絶対だぞ!?
んで一夜目に剣聖閣下が半殺しにした闇の御手は
南西の丘陵に逃げたものの奸知公爵に追い払われて
今向かってる遺跡とやらに潜んでて、閣下ら討伐隊が
寝込みを襲ってんだな。で帰りが遅くなるから迎えに行く、と。
ほいで残りの百頭伯爵ってのは籠城で凌ぐことが決まってるのか。
んー、なんか…… 思ったよりも状況チョロくね?」
シェドはしきりに感心しつつ、
その様な感想を漏らした。
「そうでもない。単なる籠城は宜しくないんだ。
百頭伯爵は今回含めこれまでに3度顕現しているのだけれど、
その度に戦力指数が増している。どんどん強くなっていくらしい。
何も対策を打たなければ、次に顕れる時は侯爵になっているだろう」
サイアスは部隊の遥か前方に人影を見とめつつ
シェドも聞いていた筈のマナサとの会話から情報を補足した。
「それ、最終的に魔王とかになっちまうってことか!?」
シェドが何やら興奮して声をあげた。
「公爵以上の魔はこれまでに顕現した記録が有りません。
また爵位は我ら人に比して高すぎる戦力指数に対する
補助的な評価に過ぎませんので、おそらく想像されているような
王とは意味合いが異なるでしょう」
ルジヌもまた眼鏡に手をやり遥か前方の人影を見つめつつ補足した。
「数値でいえば顕現1回辺り16程度上昇している様だよ。
そしてそのからくりも、おぼろげながら見えてきた」
サイアスは徐々に近づく人影が
第二戦隊の二つ目の哨戒部隊であることを確認しつつそう言い、
「えぇ。倒した騎士級の強者や
負傷し概念に戻るべく潜伏している他の魔を取り込んで
自らを強化しているのでしょう。こちらが籠城し手を出さぬため、
強化分を次回の顕現に持ち越し、結果として顕現ごとに強くなっている
といった所でしょうか。尤もいかに伯爵といえども
魔を取り込むのはそう容易では無いでしょうが」
ルジヌがサイアスの機知に仄かな笑みを浮かべ
ゆっくり頷いてそう述べた。
「やっべえなそいつ……
あっ! んじゃアレっすか。
閣下らがダッシュで闇の御手しばきにいったのは」
「魔剣に斬られ著しく弱体化した闇の御手が
伯爵に取り込まれるのを防ぐためでしょう」
「成程成程!
そいで今こんな大騒ぎして救援に向かってるのは」
「騎士級の者たちの帰還が間に合わず、
百頭伯爵に襲われた挙句に取り込まれるのを
何としても防ぐためです」
「あぁ、そういうことか。超納得した……
てかヤヴァいじゃん! めっちゃヤヴァい状況じゃん!」
「詰め所で示唆はしましたが……」
シェドとの問答を終えたルジヌはやや顔をしかめた。
「回りくどいのはわかんねっす!!」
シェドはそれをものともせず威勢よく答え、
「今頃気付いたか……」
とサイアスがぼやくも
「うむ! 手遅れではない! ならばよし!!」
と大見栄を切った。
「君のその逞しさ、羨ましいよ……」
ランドは溜息を付きつつも、心底羨ましそうにそう言った。
サイアスはその様子に苦笑しつつ、玻璃の珠時計を取り出した。
時刻はおよそ1時半ばといったところであり、
城砦北門を出立してから概ね1時間半が経過していた。
第二戦隊の二つ目の哨戒部隊は既に目前に迫っており、
これにて第四戦隊と参謀部の合同部隊は城砦北門を出立して
概ね1万5千歩の距離を踏破してきたことになる。
迅速で知られるトリクティア機動大隊の行軍距離が日に3万歩。
平原一の騎兵を有するカエリア王立騎士団が日に10万歩という。
第四戦隊と参謀部の合同部隊が成すこの行軍は、
戦闘を視野にいれた戦備行軍としては非凡な域にあるといえた。
既に城砦は視界から消え、右手の岩場では一つ一つの岩が大きくなって
微かに植物が混じり始め、左手の荒れ地では徐々に奇岩の群れが
北にせり出してきていた。
「まぁ、こんだけかっ飛ばしゃ
流石に日暮れまでには戻れるだろうぜ」
時折派手に跳ねる幌馬車に顔をしかめつつ
「引き割りだか何だかいう伯爵は一旦措いとくとして、だ。
なぁ、軍師殿。奸知公爵って野郎だか女郎だかは、
向こうに見えてるヤヴァそうな山に居るってことなので?」
とラーズが馬車から真南ないし南東に見える丘陵を指差した。
「奸知公爵はおそらく実体化しておりません。
ゆえにどこにも居らず、どこにでも居ると言えます。
但し南西の丘陵に城砦近傍の残存する眷属をひと集めにし、
独自の事由で使役しているのは事実です。
すなわち現時点では、戦力としての奸知公爵は
南西の丘陵に建造中である在所らしき橋頭保に居ると
考えても差し支えないでしょう」
ルジヌは淀みなくそう答えた。
「閣下らが追ってる闇の御手ってのを、
その奸知公爵が追い出したってのも間違い無ぇと」
「結果としてそう見做すに足る状況ですね」
ラーズの念押しに対し
ルジヌが同意して見せた。
「ふむ……」
ラーズは暫し黙り込み、
「なぁ、あくまで勘ってことで、
外れてると誠に申し訳ねぇ話なんだが……」
とやや躊躇しつつ口にした。
「こいつは、罠なんじゃねぇのかな」




