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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
433/1317

サイアスの千日物語 四十六日目 その二十四

第四戦隊と参謀部の合同部隊は、比較的安全な城砦西方の回廊を

移動速度の最も高い長蛇の陣で抜けていった。

城砦南側防壁のやや手前、戦域図で言えば座標4ー8の境辺りで

岩場は徐々に西へと後退し、一向の前方には開けた平地が姿を現した。


回廊と平地の連絡路であるこの地には

本来は城砦南門外を哨戒する、第一戦隊の1小隊20名が出張っていた。

陣形変更のため進軍を停止したマナサらへと成された報告によれば

この小隊は今回の緊急任務に合わせ、この回廊と平地の連絡路で

待機し警戒にあたるよう命じられた別働隊であり、

ここから西方5000歩の地点には二戦隊の1小隊20名が。

そしてさらに5000歩の地点には二戦隊の別の1小隊20名が

それぞれ哨戒任務にあたっているという話であった。



ここでいう「歩」とは距離の単位のことである。

その名の通り平均的な城砦兵士の一歩分の歩幅を指し、

広く平原中から人の集まる城砦で需要に基づき制定された規格であった。

現在では三大国家を中心として構成される西方諸国連合軍でも採用されており、

概ね踵から親指の先までを3倍した長さで、平原中央の大国

トリクティアで用いられる単位「パッスス」の半分程度であった。



二戦隊の警邏けいらがあるとはいえ城砦近傍から遠ざかることを考慮し、

マナサは部隊に陣形の変更を命じた。マナサと供回りが最前列なのは

変わらず、後方の騎兵は開けた地形に合わせ騎兵3列に空馬3列、

計6列の縦隊となった。そして後方の馬車群においては四戦隊の装甲馬車は

変わらず続き、次にサイアス小隊の台車と参謀部の幌馬車が併走。

最後に参謀部の特大馬車が続く形となった。

これにより部隊全体は倍の厚みを持つ半分の長さとなり、

戦闘対応を意識した布陣となっていた。


防壁上の弓兵を除き陣列を防衛する隊のなかった回廊での移動と異なり

西進する右手の岩場の手前を第二戦隊の哨戒部隊が往来して警備にあたって

いることから、サイアスはひたすら武骨で硬質な特大馬車の後方の警備を

切り上げ、自隊の側面左手を併走することとした。



周囲に微塵の敵影も無く、陽光の下見渡す限りの荒涼とした大地を

部隊は西へと進んでいく。第一戦隊の1小隊が哨戒する地点から

さらに西へと5000歩を超え、一つ目の第二戦隊の小隊を通過した辺りで

緊迫と退屈の共存する状況に耐えきれず、シェドが口を開いた。


「なんかすっげえとこだよな…… 

 やたらと天気良いのに真夏の日照りが暑くねぇし。

 俺こんなけったいな岩場とかだだっぴろい

 地割れだらけの広場とか、今まで見たことねぇよ」

 

荒野の太陽は熱量に乏しく、真夏であっても大した暑さはなく

長袖の上に防具を着込んでも別段苦しいということはなかった。

また南部や西部に向かう程土地が乾燥し

平地には南西に向かう程大地に無数の亀裂が走っており、

吹き抜ける風が彫刻家よろしくそれらをえぐり或いは転がして

独創的な奇岩の林を生み、新たな岩場を構築しようとしていた。


「この辺り、昔は川だったんじゃないかな。

 西へと続く平坦な空隙は川底の跡な気がする」


重荷に感じ始めた槍を台車のデネブに手渡して

ミカからグラニートに飛び移りミカを休ませつつ

サイアスがその様に推測を述べた。


「ほへー、そうなん? 

 そう言われりゃそんな気もしてきたな……

 っつぅかほんとに全っ然生き物の気配無ぇよな!

 何かエラい緊迫した感じだけど、実は割と行楽的な感じ?」


シェドは感嘆しつつ楽しげな声をあげた。


「暢気ねぇアンタ。状況判ってんの?

 奇襲だってあるかもしれないのに」


後ろの台車でロイエが溜息を付いていた。


「状況なんぞ知らねぇよ。命令だから来た! 

 それが兵士ってもんよ! やだ俺ってカッコイイ……

 ってか奇襲ったってよ、そもそもここいらの眷属ども

 みぃんなまとめてブッ転がしにしたんだろ?」


シェドは力説し陶酔して一人頷き、次いで問いかけた。

一同は呆れて溜息を付き、取りあえずサイアスは


「宴の戦力はね。但し別軍の連中は無傷で残っている」


と補足しておいた。


「えぇぇ…… 別軍て何…… 

 魔と眷属以外に敵がいんのか?」


「ん? 奸知公爵の手勢だよ。

 シェドは詰め所で聞いていたじゃないか」


シェドは意外そうな声を上げ、

サイアスもまた小首を傾げ問い返した。


「奸知ぃ? ……思い出した! お前の追っかけか!」


シェドは恨めしそうな声でそう吠えた。


「もっとマシな覚え方は無いのか」


「無い!!」


サイアスは首を振り、

シェドは勝ち誇ったような表情をしていた。



「あのさ、その辺り、良かったら教えて貰えないかな。

 僕は聞いてなかったもので…… ラーズもだよね?」


ランドは躊躇ためらいがちにそう言い、

ラーズにも話題を振った。が、


「ん? あぁ。俺ぁどっちでも良いや。

 何であれ出てくりゃ殺す。無理なら死ぬ。そんだけだぜ」


とそっけない返事をして、

平地の南方遠目に見える奇岩の林を眺めていた。


「チィ! かっけえ!

 何だよラーズ。ずっけぇぞ!」


シェドが何やら憤慨していたが、

誰も相手にはしなかった。


「要約すると、奸知公爵と呼ばれる

 宴には加わらず独自の理由で城砦近傍の眷属を集め

 暗躍しているお困り様で構ってちゃんな魔が居るということだよ」


サイアスは花崗岩に似た毛並を持つ葦毛のグラニートと

行軍に合わせて旋回したり横向きのまま進んだりして

戯れつつも、息を乱すことなくそう言った。

まだ若いミカと異なり自己主張は少ないものの、

グラニートもまた、気ままに飛び跳ねるのが嫌いではない様子だった。


「ほぅ? お困り様で構ってちゃんか」


シェドはそう言って後方の台車を見やった。


「なんでこっち見んのよ!」


ロイエを筆頭に女衆が一斉にシェドを睨み付けた。


「いやいや! 他意はねぇですだ!!

 つか魔もだけどよぉ、俺ら基本留守番してっから

 いまいち戦況ってのが判んねぇんだよなぁ……

 おぃ隊長! 説明を要求する!」


「では私から説明しましょう」


ラーズの乗る参謀部の馬車の積み荷の狭間から、

ぬっとローブ姿の人影が出てきた。


「うぉっ! 教官殿!」


出てきたのは城砦軍師ルジヌだった。


「第四戦隊兵士は他隊に派遣され小隊を預かることもあります。

 戦況について無頓着で良いと言う訳にはいかないでしょう」


ルジヌはそういうとフードを払い、眼鏡を直して説明を始めた。

一同は訓練課程を想いだしつつ、その説明を懐かしげに聞き耽っていた。

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