サイアスの千日物語 四十六日目 その二十三
城砦北門西側に整列する第四戦隊と参謀部の合同部隊。
そのうち第四戦隊騎兵隊の脇で愛馬クシャーナに騎乗し
荒野の広域図を確認していたマナサは、部隊全体をミカと共に
軽やかに周回し確認と鼓舞にあたるサイアスを呼び止めた。
「そろそろ行くわ。馬車はお願いね」
「了解しました」
敬礼して短く応えるサイアスにマナサは軽く微笑み、
馬首を西へと巡らせてすっと右手を上げ、そして前方へ向けた。
マナサの意を汲んだクシャーナは小さく嘶き、
命じられるまでもなく先陣を切って緩やかに西へと歩み始めた。
そのすぐ左右後方にマナサの供回りが。
さらに後方に2列の騎兵隊が空馬と並んで4列縦隊となって続き、
その後方を武骨な第四戦隊の装甲馬車が進んだ。
サイアスは進発する部隊の脇で敬礼して待機し、
第四戦隊の馬車が眼前を通り抜けたところで
「サイアス小隊、進発だ。
私は一旦最後尾にまわる」
と自らの配下に声を掛けた。
「了解! 行くぜ!」
威勢よくそう返事をして、シェドが台車を西へと発進させた。
どういった仕掛けか台車は他の馬車のような軋みや揺れ音を
発することなく、馬蹄のみを響かせスルスルと進んでいった。
サイアスは自隊の面々と視線を合わせ、頷きながらこれを
見送り、続く参謀部の馬車を待ち受けた。
「兵団長閣下。宜しくお願いいたします」
御者を務める参謀部付きの兵士がそう述べ敬礼し、
「ちょいと揺れるが中々に良い眺めだぜ。
まぁ哨戒は任せてくんな」
と、御者の座席のすぐ後方、荷台最前列の幌を取り払い
木箱を積み上げて作った即席の見張り台の上で
弦を鳴らしつつ気ままに陣取るラーズが声を掛けた。
「あぁ。宜しく頼む」
サイアスは軽く笑って応じ、
兵士やラーズを見送って続く大型の貨車を待った。
四頭立ての大型の貨車には妙に体格の良い兵士が2名乗務し、
それぞれ毅然と敬礼をしながら西へと通り過ぎていった。
荷台はとにかくゴツく大きく、まるで特大の棺のようだった。
仕留めた闇の御手を詰めて持ち帰る気なのだろうか、
などとサイアスは途方もない想像をし、苦笑した。
やがて合同部隊の全てが自らの眼前を抜け、
先陣が城砦北側防壁の西の外れに近づくかという頃。
サイアスは北門前を固める第一戦隊の哨戒部隊に小さく頷き、
毅然として一糸乱れぬ敬礼に見守られつつ、自らも後を追った。
城砦の西方はなだらかな下り坂になっており、
その先はすぐに「回廊」と呼ばれる南北に長い平地となっていた。
東西の幅は総じて馬車数台分程であり、その西には起伏が激しく
徐々に上り坂となる岩場が拡がっていた。
「へぇ、こんな風になってたんだ……
訓練課程で周回した時は夕方だったし、
いまいちよく見えなかったのよね」
ロイエは西方に拡がる光景を物珍しげに眺め、そう言った。
岩場は峻嶮であり、本来なら大口手足の闊歩する領域である。
実際訓練課程の二日目夕刻、鎖帷子を着込んで城砦外部を周回した
際には、遠目に巨大な人影のような者を目撃していた。
「確かにいかにも荒野って感じだよな……
でもよ、閣下たちって普通は丸一日掛かるとこを
半日で行っちまったんだろ? それってアレじゃねぇの。
この岩場を突っ切ってったとか」
シェドがキョロキョロと周囲を見回しながらそう言った。
「十中八九そうでしょう。
城砦騎士は非凡にして全能な身的能力を持ち
達人級の戦闘技能を複数備えた存在ですので」
後方の台車から、ディードがそのように答えてみせた。
「でもこの辺って、大口手足ってヤツの縄張り、
なんだよね? 流石に大変なんじゃないかなぁ。
ほら、負けないにしても倒すのに手間取って進めない気が……」
前方の台車で攻城兵器の部材や照準器の調整をしつつ、
ランドがさらに問いを投げかけた。
「連日の宴で城砦近郊の眷属は根こそぎ死滅していますから、
その辺りも踏まえての判断なのでしょう」
「成程、むしろチャンスなのか……」
ディードの説明にランドは頷き、
「そうですね。
宴後に魔への討伐部隊が組まれるのも、
眷属が減少している好機ゆえです。
今回はやや特殊な事情もあるようですが……」
ディードは回廊の西方に拡がる峻嶮な岩場を、
そして岩場からさらに南西に拡がる丘陵地帯を見つめた。
ディードの指摘する通り、連夜の宴の影響で
日中の城砦近辺からは眷属の気配が消え失せていた。
とはいえいかに馬術の達者揃いといえど
荒野の極端に峻嶮な岩場を騎乗し空馬を伴って進むのは難しく
まして馬車には通れるような間隙は無かった。
そのため部隊はまず回廊を南下して、岩場の南端を
かすめる形で西方へと進むこととしていた。
岩場は城砦の南側防壁の少し手前で終わっており、
回廊はそこで荒涼とした地肌を持つ平地へと連絡していた。
そして平地のさらに南西を見やれば、そこには一枚岩が
山となったような外観の丘陵が、どこか妖しい気配を纏い
こちらを招き寄せるようにして横たわっていた。




