サイアスの千日物語 四十六日目 その二十一
「もうすっかりいつも通りね!」
午前11時をまわった頃。
応接室で一家揃って遅めの朝食をとり
食後の氷菓を楽しみつつ、ロイエがご機嫌でそう言った。
すっかり落ち着いたサイアスはデネブの煎れた茶を喫しつつ
休息中に届けられた書類の束に目を通していた。
「心配を掛けたようで、悪かった」
サイアスはつんと澄ました表情で、
どことなく照れつつそう言った。
「フフ、やはりそれくらい取り澄ましているのが
我が君らしいと思います」
ディードが楽しげにそう言った。
「よく判らないけれど」
サイアスは苦笑しつつ杯を口に運び、一息いれた。
と、その時、居室の扉がノックされ、
対応に出たデネブの陰からラーズが顔を出して
「よう大将。集合らしいぜ。シェドが喚いてらぁ」
と一声掛け、詰め所へと去って行った。
直後廊下から声が響き、
「急報! 特務発生! 動ける全兵士は武装して詰め所へ!」
と抜群の滑舌と音量で連呼するシェドの声が響いてきた。
直後シェドはひょっこりサイアスの居室を覗きこみ、
「聞いたよな? な? すぐ向かってくれ! 頼む!
でないとお仕置きされちまうぅっ!」
と半泣きで訴えすぐに消え、
再び廊下を右往左往しつつ連呼し始めた。
「……何アレ?」
ロイエが呆れて呟いた。但し身体は機敏に動き
防具を締め付け、武具を検め備品を身に着けていた。
「急ぎましょう」
デネブに手伝って貰いながら装備をまとめ、
ディードはベリルの医薬品を点検した。
「ベリル、出れるかい」
「大丈夫です! いきます!」
サイアスの問いかけに元気に返事し、
ベリルもまた装備や備品を整えた。
「よし、では行こう」
装備の方が勝手に張り付いて準備をするため
まるで手間のかからないサイアスは、繚星と八束の剣
そして投擲用にククリを二本帯びて詰め所へと向かった。
第四戦隊の戦闘員である各兵士は、
各戦隊で豊富な実戦経験を経た質実伴う兵士長級の猛者を
抜擢することで構成されていた。軍務に長くある者は
平素からの訓練で無駄と迷いを徹底的に排除しているため、
とにかく危急時の行動が速い。シェドの連呼から僅かに
100を数えたあたりで、負傷し療養中の数名を除く
全ての兵士が完全武装で詰め所に集結し、整然と席に着いていた。
総数27名。その様を満足げな表情で騎士マナサが見つめていた。
「急に悪いわね。参謀部から特務よ。
話は軍師から聞いて頂戴……」
静まり返った詰め所で耳目を一身に集めつつ、
マナサは隣に立つ軍師ルジヌに話を振った。
歴戦の軍師であるルジヌもまた
欠片の躊躇も抑揚もなく挨拶すら省いて詳報した。
「先刻、城砦の西方、徒歩で凡そ1日といった地点から
複数の狼煙が上がりました。内容は救援要請と伝文です。
以下が伝文の内容となります。
『遺跡に潜る。迎えを寄越せ。ローディス』
閣下らは夜明け直前に徒歩にて城砦を発ち、
一昨日撃退した『闇の御手』の探索に向かっておりました。
『遺跡』とは魔の在所のことでしょう。
おそらく既に戦闘状態にあるかと」
ルジヌの報告はさらに続いた。
「狼煙の上がった地点へは城砦より通常行軍で丸一日掛かります。
閣下らはおよそ半日で現地に到達していますが、
重要なのは帰砦にもやはり半日掛かるのだということです。
今から半日後は深夜です。魔が未だ一柱残っている以上、
深夜の荒野は致死の領域だと言わざるを得ないでしょう。
そのため我々は
閣下ら討伐隊の帰砦を支援すべく空馬を伴い現地へと向かい、
合流後閣下らに騎乗していただき共に帰砦することになります。
第四戦隊各員には騎乗し二戦隊の空馬を伴って
現地へと急行して頂きます。また負傷者への対応として
参謀部から祈祷師の一隊が馬車にて現地へ向かいます。
こちらの護衛もあわせてお願いいたします。
既に第二戦隊から2小隊が
道中の安全確保と哨戒のために出動しております。
ですが他戦隊には騎兵の運用能力がありません。
よって本作戦の要となるのは騎兵の運用に長けた
特務部隊である第四戦隊騎兵隊の皆さんです。
是非とも尽力の程、お願いします」
一通り説明を終え改めてルジヌは敬礼し、
隣席のマナサへと引き継いだ。
「赤黒のおじさんたちには魔剣があるわ。
まぁ、返り討ちの心配はないでしょうね。
狼煙が上がったのは荒野の奥地から来る
眷属の進軍径路に程近いそうだけれど、今回は
奸知公爵とかいう困った魔が宴への参集を邪魔しているそうよ。
これに逆らってまで出張ってくる物好きな眷属は少ないでしょう。
あのおじさんたち、そこまで見越した上で遠出したみたいね。
本当、煮ても焼いても食えないわ……」
マナサは小さく肩を竦め、妖艶に笑んだ。
「魔剣はあれで饒舌な存在だと聞きます。
おそらくは様々に入れ知恵もあったのでしょう。
ただし残る一柱である百頭伯爵はあらゆるものを
呑みこみ血肉と化して強大化する危険な相手。
この魔が再び姿を見せる前に、何としても連れ戻さねばなりません」
「そうね。私もアレには関わりたくないわ。
だって気持ちが悪いもの」
ルジヌの補足にマナサがうんざりした表情で応じた。
「では作戦を伝えるわね。
閣下が連れていったのは騎士級15名という事だから
馬車担当の3名を含む18名、騎兵隊として私に続きなさい。
騎兵には一人一頭、空馬を運んで貰うわよ。
残る9名、つまりサイアスの小隊は別働して、
参謀部の馬車の護衛をして頂戴。
貴方たち確か、立派な台車を持っていたわね。
それを輓馬に牽かせて馬車を先導するといいわ。
サイアスはミカを使いなさい。槍も忘れずにね。
護衛任務だし、ラーズは参謀部の馬車に同乗して
天井から狙撃が良いかしら」
「了解しました」
「委細承知です」
サイアスとラーズは簡潔に応じた。
「何か質問はあるかしら?
まぁ、あっても聞かないわ……」
そういうとマナサは席を立ってルジヌと並び、
27名の兵士らを見渡した。
ザッと一糸乱れぬ動きで27名は起立し、
威儀を正して然るべき一声が発せられるのを待った。
マナサは頷き、いつになく声を上げ、
強い調子で宣言した。
「第四戦隊、出動する!」
応ッッ!!
兵士らの吠え声が詰め所を揺るがした。
こうして第四戦隊は迅雷の如く行動を開始した。




