表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
427/1317

サイアスの千日物語 四十六日目 その十八

居室では、皆が起きてサイアスの帰りを待っていた。

昨日はかなり取り乱したベリルも今日はかなり落ち着いており、

眠い目をこすりつつ薬学書を写本し内容を覚え込んでいた。


「お帰りなさいませ、我が君」


僅かに目を細めて微笑み、無事の帰還を喜んだディードは、

しかしすぐに真顔となり、サイアスの顔をじっと見つめた。


「お帰りー! 無事で何より! ……?」


朗らかにそう言うロイエもまた、ディード同様

穴が開く程の勢いでじーっとサイアスの表情を窺っていた。


「……? 何?」


八束の剣とケープをデネブに預けつつ、

サイアスは怪訝な表情をして二人に尋ねた。


「……」


「……」


ディードは顎に手を添えながら、

ロイエは腕組みしながらサイアスを見据え、

気が付けばベリルやデネブ、ニティヤまでもが

じっとりとサイアスを凝視していた。


「……何事?」


サイアスは何が何やら訳が判らず

お手上げといった風に手を拡げてみせた。


「サイアス」


ニティヤが厳粛な面持ちをして

冷徹な響きでその名を呼んだ。


「はい」


何やら逆らい難い雰囲気に呑まれ、

サイアスは畏まって返事をした。


「そこに座りなさい」


「はい……」


デネブが引いた椅子に腰かけ卓に着いた

サイアスの背後にはデネブが立ってその逃走を防ぎ、

対面には一家の残りが勢揃いしサイアスを見下ろしていた。

その様はさながら法廷のようであり、

今から行われるのはまさに裁判であった。


「話しなさい。何があったの?」


「はい?」


いきなりの被告人扱いな詰問にサイアスは困惑した。


「とぼけんじゃないわよ! 

 外で何かあったんでしょっ」


ロイエが早速怒鳴りつけた。

こちらは裁判というより尋問であった。


「何かって…… まぁ戦闘かな……?」


「それだけじゃないわね。顔に書いてあるわ」


「えっ」


ニティヤの指摘にはっとして

サイアスは自身の顔を撫でてみたが、

特に変わりはないようだった。

サイアスはすっかりこうじ果てて


「うーん。疲労はそれなりにあるけれど、

 ちょっと身に覚えがないな……

 あ、デネブ、お水貰っていい? 喉が渇いて仕方ない」



サイアスはデネブに頼み込んで水を用意して貰った。

無論果実酒割りであり、多少の酒分を含んでいた。

実のところサイアスの喉の渇きは軽度の神経症であった。

大いなる魔にして名状し難き異形、百頭伯爵を目撃しても

特段感じることのなかった恐怖を、今サイアスは味わっていた。



「喉の渇きに良い薬あります!

 製法は…… ジキョウの実とオラゲローレの根の粉末、

 あとはイッチャイ菜の煮汁を混ぜ合わせて……」


ベリルは卓に置いた書物の見開きを眺めながらそう言った。

ページの見出しには「自白剤」と書いてあった。


「ベリル、それは最後で良いわ……

 取り敢えず疲れているというなら薬湯を用意しましょうか」


「いやそれは結構」


ニティヤの申し出に対し、サイアスは即座にお断りした。

口の中にはまだ詰め所で頂いた薬湯の苦みが残っていた。


「どうしてかしら。

 妻の愛情が受けられないとでもいうの?」


ニティヤはにこやかに微笑みつつサイアスを威圧した。

サイアス以上の美貌には凄まじいまでの鬼気が溢れていた。


「どうしてって、

 詰め所で既に頂いたから……」


サイアスはやや言葉に詰まりながらその様に弁明した。

そして喉の渇きに急かされるようにして、果実酒割りを口に運んだ。


「そう、マナサが…… 

 ……つまらないわね……」


ニティヤは心底つまらなさそうな顔をした。


「何だって!?」


サイアスは呆れかえっていた。

どうやらニティヤもマナサら同様に

薬湯で苦い顔をするサイアスを楽しみたかったらしい。


「全く、一体何なんだ……

 とにかく、単に疲れてるだけだよ。気にし過ぎ」


とサイアスは果実酒割りの杯を口元へと運んだ。

本来なら酒の周りで幾分心が楽になるところだが、

水のイヤリングをしているため飲む端から解毒されて

一向に酔わず、恐怖から意識を逸らすことはできなかった。


「……女か」


ロイエがボソリと呟き、

堪らずサイアスはむせ返った。


「グフッ、クフケフ…… な、何を!?」


サイアスは室温が急速に下がっていくのを感じていた。


「動揺している。これは怪しい」


ベリルが大きく頷き、

噛みしめるようにそう言った。


「何言ってるんだベリル。変な納得しないでくれ!」


サイアスは大慌てでベリルに冷静な対応を求めた。


「あんた、これだけ美女に囲まれておきながら、

 また余所で女遊びしてきたのね!」


ロイエが怒りを露わに怒鳴り付け、

女衆が一斉にサイアスを睨み付けた。


「違うってば! それにまたって何!?

 私はそこまで命知らずじゃないよ!!」


サイアスは悲鳴の如く必死に釈明し、

声を聞き付け誰かが助けにこないかと仄かな期待を抱いた。

だが哀しいかな、この居室には防音処理が施されていた。


「じゃあ白状しなさいよ! 

 洗いざらい話なさい! さぁ! さぁ!!」


恫喝するロイエらにずいずいと詰め寄られ

囲まれて頭を抱えつつ、サイアスは奸知公爵についての諸々を

詰め所でのマナサの推測も含め全てつぶさに報告させられたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ