表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
426/1317

サイアスの千日物語 四十六日目 その十七

サイアスが第四戦隊営舎へと戻ったのは4時過ぎ。

まもなく夜が明けようかという頃だった。

詰め所にはベオルクやデレクの姿はなく、代わりに

マナサがくつろいでいた。詰め所で武器の手入れに勤しむ

兵士らはマナサに怯えたものか一様に大人しく、

時折シェドが書簡を手に方々へと飛びまわっていた。


「お帰りなさい。一通り報告は聞いているわ。

 大変だったみたいね」


マナサは妖艶な笑みでサイアスを労い、

供回りの女性に目配せした。

女性はマナサの向かいの席に着いたサイアスに

小さな陶器の腕を差しだした。中には薄緑色の液体が入っていた。


「薬湯よ。疲労が抜けるわ。苦いけれど」


マナサはクスリと笑ってサイアスに薬湯を勧めた。


「いただきます…… 

 ……苦いです。とっても苦いです……」


喉が渇いていたサイアスは有難く頂戴し、

飲み干した後眉をひそめて率直に味を評価した。


「ウフフ。そう言ったわよ? 

 一気に飲むとは思わなかったわ。お代わり要るかしら」


「いえ結構です」


サイアスは即座に断り、

マナサと供回りは楽しげに笑んでいた。


「効果は確かだから安心して頂戴。

 湯浴みをして一眠りすれば体調が万全になるわ。

 でも、暫くは苦みのせいで眠れないわね」


マナサはコロコロと笑い、供回りに水を用意させた。


「副長とデレク様は休んでおられるのですか?」


サイアスは貰った水を少しずつ口に運び、

やや落ち着いてそう問うた。


「あの二人なら出かけているわ。

 剣聖閣下が誘いに来たのよ。散歩でもどうだって」


「散歩…… 闇の御手ですか?」


「フフ、察しが良いわね……

 丘陵に逃げ込もうとして追い出されたのは知っているのかしら」


「いえ、ですが納得です。

 奸知公爵ならそうするでしょうから」


サイアスはマナサに奸知公爵に関する情報と

先刻指令室で話した推測を話して聞かせた。


「成程…… ねぇサイアス。

 これはあくまで勘なのだけれど……」


マナサは果実酒で軽く喉を湿らせ、そして語った。


「奸知公爵、女じゃないかしら。

 魔に性別があるのかは知らないけれど」


「はぁ……」


反応に困りサイアスは小首を傾げていた。


「王侯や貴族の娘にこういった気質は多いわ。

 一生を籠の中の鳥として過ごすそうした娘たちは

 せめて手の届く世界くらいは自儘に操りたいと願うものなのよ」


「荒野は魔の棲家、魔の宮殿にして魔の城か」


「そしてこの辺りはきっと庭園のようなものね。

 たまに外出を許される外の世界というところかしら」


「ふむ……」


自身の幼少期を思い出し、

サイアスはふと魔に親近感を覚えた。


「きっと奸知公爵は、自身の住まう荒野という部屋の中

 ぬいぐるみと人形でごっこ遊びをしているのよ。

 ぬいぐるみは眷属。人形は城砦騎士団。

 そして貴方は飛び切り素敵なお人形。

 きっと抱いて寝る程のお気に入りよ。

 さらわれないよう気を付けなさいな……」



マナサはサイアスの前では好んで詩的な言い回しをした。

ニティヤや供回りの前でもそうなのだろう。

きっとそれが本来のマナサの性格なのだろう。

極親しい者に対しては、泣く子も黙る暗殺者マナサではなく

妙齢の麗人シューシャとして振る舞うらしかった。



「う、ぅーん……?」


魔の抱き人形と評されたサイアスは困り果てて呻き、

マナサはコロコロと声を立てて笑い、

供回りも声なく肩を揺らしていた。



「お前、魔にまでモテるんか……」


外への使いから戻ったシェドが

潰れた蛙のような恨めしい声をサイアスに向けた。


「あら、羨ましいのかしら」


マナサが書状を丸め供回りに手渡し、

それを受け取ったシェドは


「滅相もないっす! いてきまっす!」


と脱兎のごとく暗がりへと駆けていった。


「アレは伝令としては優秀ね。とても手際が良い……

 一言二言多いのが難点だけれど。

 ちょっと躾けて良いかしら? 殺しはしないと約束するわ」


マナサは目を細め楽しげにそう言った。


「えぇ、是非ともお願いします。

 真人間にしてやって下さい」


サイアスは二つ返事で応諾し請願した。


「真人間は無理ね…… 半人間くらいで勘弁して頂戴」


残り半分は何なのだろうとサイアスは気になったが、

知らない方が良さそうなので追求しなかった。



「そういえば今回の魔、

 具体的にはどういう相手だったのかしら」


サイアスはマナサに問われ、

指令室で見聞きしたことを一通り話した。


「そう…… 難しい籠城になりそうね……」


「単なる籠城より厳しいということですか?」


サイアスは気になってそう問うた。

マナサはそれに直接は応えず


「参謀長は百頭伯爵の戦力指数の話はしたかしら」


と問うた。


「? いえ」


「そう。軍議で説明されるとは思うけれど……」


マナサは供回りに命じて参謀部からの書状と書棚から

取り出した史料の魔に関する記載を照合した。


「百頭伯爵が初めて顕現したのは今から74年前だそうよ。

 その時の推定戦力指数は108。単に百頭と呼ばれていたようね。

 そして28年前の顕現の際には124。百頭子爵と記されている。

 そして今回の宴での推定戦力指数は140。参謀長が伯爵と呼んだのは、

 成長分を見越しての事みたいね……」


「顕現ごとに16ずつ戦力指数が上昇…… 育っているのか」


サイアスはマナサの指摘に険しい目で応じた。


「宴で取り込んだ屍の分、より強大になっていくのかも知れないわね。

 おそらく此度の宴でも、夜ごとに強くなるのではないかしら」


「もし今回籠城を選択すると、次回顕現時には侯爵に?」


「かも知れない。ただ、詳しいことは私では判らないわ」


魔について人が知ることは余りにも少ない。

ここで決めつけても得るものはないだろうとサイアスは理解した。


「ふむ…… 確かに参謀部の発表を待った方がいいかな」


「今日も夕方から出るのでしょう?

 そろそろ部屋へ戻った方がいいわね。ゆっくりしてらっしゃい」


マナサはすっかり姉か母親といった体で微笑んだ。


「了解しました。それでは」


サイアスもまた微笑を返し、

マナサや供回りに一礼して居室へと引き揚げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ