サイアスの千日物語 四十六日目 その十四
「では騎士団長、そして兵団長。戦況について説明しますよ」
セラエノは微笑を浮かべ、
斜面の天井へと振り返りつつ手を振った。
セラエノの挙措に合わせ、斜面の天井には戦域図が浮かび上がった。
「本城南西域の攻城兵器が座標9ー9の南西の外れに対し、
火竜を逐次投射しました。計6発。定位置に4発、
そこから若干左右にずらして2発です」
「敵陣の外れのようだな」
戦域図を一瞥し、チェルニーがそう述べた。
「はい。電撃戦による攻城兵器群の破壊に失敗したことが
明らかとなった場合、敵軍は即時撤退を選択する
可能性があるため、まずは退路を塞ぎました。
また敢えて定点への逐次投射をおこなったことで、
結果として敵は城砦に向け進軍を開始しました」
セラエノの説明に合わせ
戦域図に放物線と扇状の図形、
城砦へ向かう矢印等が描きだされた。
「火竜の軌道を読み、
これを掻い潜るためですか?」
戦域図の変化を興味深げに眺めつつ、
サイアスがセラエノにそう問うた。
「それもあるだろうけれど、
投射攻撃そのものを無効にするためだね。
接敵して乱戦に持ち込めばこちらは攻城兵器を使うまい
という判断さ。そして確かにこちら攻城兵器の使用を停止した。
見掛け上は、ね」
セラエノはクスリと笑って言葉を継いだ。
「実際のところは使用弾の換装中です。
昨夜使用した破城鎚もどきを解体して
火竜や矢の代わりに射出する準備をしています。
また当方としては乱戦を望んでおりませんので、
敵が野戦陣の外れから視認でき次第、防壁上の弓兵及び
野戦陣の各戦隊員による手槍の投擲と同期させ
総攻撃をおこなう手筈となっています。
まぁ、遠からずカタが付くでしょう」
セラエノは軽く手を払った。
その挙措に合わせ戦域図は縮小され、代わりに
城砦西側防壁の南部と野戦陣の西の外れの映像が映し出された。
防壁上には弓を手に待機する隊伍や反射板を移動する兵士の姿があり、
野戦陣の外れでは第一戦隊と第二戦隊が混成大隊を形成し
敵の接近に備えていた。
「退屈そうだな、ファーレンハイト。
やはり自由に動けぬとつまらぬか?」
甲冑の上に赤いガウンを纏った長躯の騎士が
近場の偉丈夫に声を掛けた。
「斬り込むなと厳命されてるもんでな……
言わば鳥や魚に飛ぶな泳ぐなというようなもんだ」
剃髪黒衣の偉丈夫である第二戦隊副長
ファーレンハイトは苦々しげにそう応えた。
「ふむ。士気が下がるのは宜しくないな」
ガウンの騎士たる第一戦隊副長セルシウスは
やや眉を寄せそう言った。第二戦隊の兵士らは、
すっかり意気消沈している様に見えていた。
「あぁ、連中のアレか?
ありゃ単にへばってるだけだ。
ちょいと土遊びに熱中し過ぎてな。
まぁ敵を見りゃ元気になる。気にせんでいいぞ」
「ふむ、罠か…… うまく掛かるかな」
「フン、ご覧の通りの有様だぜ」
そう嘯くファーレンハイトの前方では、
漆黒の闇の中、無数の耳障りな叫び声が上がっていた。
無論人の発するものではない。200近い兵士らは一斉に
手槍や手斧を構え、合図を待った。
「合図は蕪矢だ。防壁から飛んでくる」
ファーレンハイトは自身の後方に展開する部隊に対し、
その様に声を掛けた。
「うむ。各隊、音の鳴る方へ一斉に投擲するのだぞ」
セルシウスもまた後方の部隊へとそう告げた。
彼ら両戦隊の副長の後方には、第一戦隊と第二戦隊の
二線級の兵士ら合わせて200弱が、緊張にやや表情を硬くし
一個の大隊となって隊伍を整え闇と対峙しその一瞬を待ち侘びていた。
午前3時の半ば頃。
凡そ考え得る限り、ありとあらゆる状況が
企図通りの様相となって野戦陣の南西に拡がっていた。
第二戦隊の仕掛けた罠で足止めを喰らった眷属の頭上に
多量の致命な鉄塊が降り注ぎ、座標8ー10の北東に
無数の屍を生み出していた。
此度の宴では敵戦力の正確な観測がなされていなかったため
それが軍勢全体のどの程度の割合に及ぶのかは不明なものの、
概算して数百に昇る異形の死体が南西の大地を覆い隠し
防壁上の反射板の輝きが闇夜を切り取った四角形の内に満ちていた。
「気味悪いくらい上出来だな……」
ファーレンハイトがそう呟いた。
第二戦隊100名弱には、いまだ一人の死傷者も出てはいなかった。
「ふむ。確かに……
シュタイナー、被害は」
「突出し突撃を敢行した敵の一隊により
20名の損害が出ました。うち後送7名。
残りは軽傷であり継戦可能な状態です」
セルシウスの問いに副官たる騎士シュタイナーがそう応えた。
「了解した。シュタイナーよ。
ガーウェインに野戦陣全域の巡回をさせてくれ。
ファーレンハイト、すまんが一隊貸してくれんか」
「おぅ、20程付けてやろう。兵士級で構わんな」
ファーレンハイトは二つ返事でそう告げた。
ガーウェインが兵士長であることを
考慮した上での人選であった。
「うむ、助かる。
シュタイナー、手配を任せる」
「了解」
短く応えて去るシュタイナーを見送る両副長の後方で、
南西遠方の、反射板に切り取られた本来は
漆黒の闇夜の世界に異変が訪れようとしていた。
付近一帯の屍の上に降り注ぐ闇色の月光が黒い靄となって
舞い降り渦巻いてやがて一塊となって、驚くべきことに
屍を吸い上げ鍋にいれた具材のように虚空でかき混ぜていた。
かき混ぜられた多量の屍は徐々に末端をどろりと溶かして
一体となり、固まったものから地に落ち積み上げられた。
そうして紫の血が鈍く光る屍肉の塔を築きだしていた。
「……こうして光の下でつぶさに顕現を眺めるのも
思えば初めてのことだな」
セルシウスは唸る様に呟いた。
これまでの宴ではこうした魔の顕現に関わる作用は
無窮の闇の中で行われ、多数の前で露わになることがなかったからだ。
「近すぎる。動いたのか?
それとも明るいせいで距離感が狂ったか」
両副長はそれぞれの率いる小隊計40名と共に
野戦陣の西端から座標7ー11の北東の境にまで突出し、
同座標の中央付近に築かれた塔状の繭を視察していた。
多量の屍が大地を覆っていたのは座標8ー10のはずだった。
だが今目視してみると、屍の塔は座標7ー11の半ばにある。
「……いや、明らかに座標が違う。
あの塔は動いているようだ。それに常より変容が早い」
「急いでるってのか?
それに、まさかあのまま攻めてくる気じゃあるまいな」
「判らぬ。判らぬが……
むっ、これは……!」
瞠目し呻くセルシウスの見やる先で、
塔の姿をした大いなる魔の揺りかごたる屍の繭に
さらなる変容が訪れようとしていた。




