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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十六日目 その十二

不気味な一言を残して崩れゆくカペーレ。

溶け落ちた四肢とは対照的に球体を維持するその胴から、

雄々しい角とたてがみが生じ、肉食獣の頭部が現れた。

文字通り巨漢の胴程もある巨大な肉食獣の頭部は

大口を開けて哄笑し、四枚の翼でバサリバサリと羽ばたいた。


「あの時の四枚羽か!」


サイアスは叫ぶと同時に右手の手槍を投擲した。

迫る手槍を事もなげにひらりとかわし、四枚羽の羽牙は吠えた。

かつてセラエノと共に湿原の偵察に出向いた際、

迎撃に上がってきた羽牙の編隊を率いていた個体。

あの四枚羽がカペーレの巨体に潜み、これを動かしていたのだった。

どうやら目的を果たしたらしい四枚羽は、即座に反転し逃亡を図った。


「逃がすか!!」


自身の槍を左手に持ち替え、振り返りざまサイアスの左手から

右手で手槍をもぎ取ったチェルニーが

反転しつつ右手を拡げ、逆手で掬い上げるようにして手槍を放った。

ボッっと大気を貫いて矢よりも速く手槍は飛翔し

回避を許さず胴体左下部を吹き飛ばしたものの致命傷とはならなかった。

四枚羽は激痛に激怒し絶叫して強烈に羽ばたき、チェルニーらに向かって

べちょりと積み上がったカペーレの屍肉を撒き散らした。

腐臭を放つ屍肉の破片が無数の蛆のように飛散し

雲霞の如く拡がり津波の如く蠢動して自陣へと迫った。その時



「大気に満ちる熱き風、大地に宿る重き水

 交じり混じりて再び廻れ、生死流転しょうじるてん運命さだめ車輪



韻律に満ちた流麗な音声がはしり、

紡がれた言葉は光輝を纏い概念物質として顕現した。

ファータの周囲に風が起こってローブの裾をはためかせ

その胸前の中空には顕現した概念が交錯し、

金と銀の軌跡となって明滅し鼓動し絡まり灼熱色の円を成して

緩やかにそして徐々に速度を増して回転した。



Appareアパーレー ignisイグニス.」



そして炎が巻き起こった。

炎は飛散し迫る腐肉を全て焼き払い、

竜巻となって四枚羽を薙ぎ払った。

名状し難い金属的な絶叫を上げ、燃え盛りながらも

四枚羽は墜落せず、すんでのところでフラフラと外部へ逃れた。


「チッ、しぶとい」


舌打ちするチェルニーの脇を

サイアスが疾風の如く駆け抜け、宙へと舞う四枚羽に殺到した。

サイアスは駆けざまに八束の剣を抜き放ち、頭上で旋回させ

裂帛の気合と共に宙へと飛びかかって強撃を放ち、

四枚羽のうち右下の翼を斬り飛ばした。

そして外縁部の縁に斬り飛ばした翼を残し、

悲鳴を上げて燃え盛る四枚羽と共に虚空へと落ち、消えた。

チェルニーや供回りは余りのことに茫然としていたが、

すぐにひょっこりとサイアスが戻ってきたためになお一層に仰天した。


「四枚羽は墜落せず、

 そのまま北東へと飛び去りました。

 深手ではありますが、まだ生きています。

 いずれまたまみえることでしょう」


戻ったサイアスはチェルニーに

苦々しげにそう報告した。


「……そうか。ご苦労」


チェルニーは深く考えるのをやめ、

頷いてサイアスを労った。



「サイアス卿……」


チェルニーの供回り3名は、

四枚羽やサイアスの挙動よりも、大いなる魔、

奸知公爵にサイアスが目を付けられたことに衝撃を受け、

掛ける言葉を見出せないでいた。


「私のことはいい。

 それよりもファータさんが」


がサイアスは自身のことなど一顧だにせず、

八束の剣を鞘に納め、急いでファータの下へと駆け付けた。

ファータはぐったりと憔悴しきって

アトリアに抱きかかえられていた。



「うふ、あはは…… 平気です、よ……? 

 ちょっとまた、持ってかれただけです、よぅ、あはは」


ファータの目は虚ろで焦点があっておらず、

言葉もとぎれとぎれとなっていた。


「……持ってかれた?」


「人としての正気を、ということでしょう」


「……」


アトリアの説明にサイアスは掛けるべき言葉を探しあぐね、

ただじっとファータの顔を見つめていた。

ややあって少し落ち着いたらしいファータは

 

「あ、サイアス様。ご無事、ですねー。

 よかったよかった! 変なのに目ぇ、付けられちゃいましたねー。

 若いのにたいへーん。あはは!」


といつもの調子で笑ったが、

その表情は苦悶と葛藤に満ちていた。


「ファータさん……」


「あはは、大丈夫ですよぅ。

 私はもともと、壊れてますから、ねー。あはは!

 マネしちゃダメです、よ? 

 子供には、まだはやーい。うふふ……」



魔ならぬ人の身で魔の力たる魔術を用いれば、

著しく精神に負荷がかかり、正気を蝕み気力を削ぎ取る。

強大な魔術であればあるほど、その代償は甚大だった。

そしていちどきに気力の半分を失えば人の精神は崩壊の危機に曝され、

元の状態には戻らなくなる。かつて光の巫女であったファータは

自らの正気と引き換えに精神の矢を産み、

今また同様にして業火の嵐を産んだのであった。



「フェルマータよ、いやファータよ。美事な一撃だった。

 お前のお蔭で皆助かった。礼を申す。

 いかなる仕儀となろうとも、騎士団はお前を見捨てはせぬ。

 まずはゆるりと休むがいい。アトリア、すまんがそいつを頼む」


騎士団長チェルニーは軍師ファータに礼を述べ、

軍師アトリアにファータを託した。


「勿論です。サイアスさんも指令室へ。

 ファータは大丈夫ですよ。ご安心ください」


アトリアは力強く頷き、今だ続く戦闘を差配させるべく、

チェルニーやサイアスに帰投を促した。


「……判りました。では後程」


サイアスはアトリアに頷き、

ファータの手にカエリアの実入りの小袋を握らせた。

そして敬礼の後、チェルニーと共に指令室へと戻った。

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