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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十六日目 その十一

薄闇色の指令室は重々しい空気に包まれていた。

時折軍師の報告が雨だれのように響き、

そこにちらほらと金属音が混じっていた。


「飛んでっちゃいましたね。あはは!」


周囲の空気をまるで意に介さず、

ファータは楽しげに笑っていた。


「相変わらずだな、お前は……」


甲冑の留め具を確認しながら

チェルニーが苦笑した。


「あはは、団長だけには言われたくないわー。

 にしてもどこいったんでしょうね、あのハネメタボ」


半ば素に戻りつつ、

やはり楽しげにファータは続けた。


「ここに決まっている。

 参謀長。戦線の指揮を任せる。

 サイアス、迎撃にでるぞ。供をせよ」


甲冑の具合を確かめ終えたチェルニーは、

こめかみを押さえつつ溜息を付くセラエノに苦笑しつつ

司令席を立ち、扉へと向かった。


「御意」


サイアスは短く応えて席を立ちチェルニーを追い、

続いてアトリアとファータが立ち上がった。


「私もお供いたします」


アトリアはそう言うと

音も無くするすると扉へ向かった。


「あ、私も行こっと。

 サイアス様守ってくださいね!」


「お任せあれ」


ファータの暢気な物言いに

サイアスは二つ返事で応じてみせた。


「おー。さらっと言うね。

 流石は魅惑の兵団長、口説きなれてる。

 サイアス、迂闊に接近しないようにね。

 血とか肉片浴びちゃ駄目だよ。

 どんな病気持ってるか判らないから」


「ふむ……」


セラエノの忠告を受け、サイアスは一寸思案した。

今は飛び道具を持参していなかったからだ。


「兵団長閣下、これを」


チェルニーの退出を受けて中の様子を覗いていた

指令室の歩哨二人が、それぞれ手槍を差しだした。


「感謝します。

 そちらは指令室の扉を死守してください」


サイアスは一礼して手槍を受け取り、

指令室を出て塔の外部へ続く扉へと向かった。


「ハッ」


兵士らは剣を抜いて指令室の扉の両脇を固めた。




「ここに敵が来る。お前たちは扉までさがれ」


塔の外部、上層外縁部で通信設備や

観測機器の整備をしつつ待機していた数名の兵士は


「は、ハッ」


と返答し慌てて後退した。

本城上層の司令塔13階外縁部は内接円をくりぬかれた

東西南北に頂点を持つ正方形をしており、各辺の中央に

外部へと続く引き戸があった。チェルニーはこのうち

北東に面した引き戸を合流した供回りに命じて全開にさせた。

びょうと風が音を立て、外気が城内に吹きこんできた。


「前衛3名、椀状に立て。中衛サイアス、中央やや右に寄れ。

 左後方で俺が指揮を執る」


「ハッ」


サイアスと兵士らは速やかに陣形を構築し、

敵襲に備えた。また戦闘の邪魔にならぬよう、

歩哨数名が設備を他方へと移動させ、開け放たれた

引き戸の正面に10歩四方程度の空隙を戦闘用に確保した。


鎌蛇れんじゃの陣だ。前3名は防ぎつつ包囲にまわる。

 攻めは俺とお前でやるぞ」


「了解しました」


チェルニーの説明に大きく頷き、

サイアスは受け取った手槍の1本を右手で軽く旋回させた。

もう1本は八束の剣とまとめて左手で持っていた。


「軍師衆は包囲が完成するまで扉の前にいろ。

 その後は好きに動いて良い」


チェルニーは7歩程後方の扉付近で佇む

アトリアとファータに声を掛けた。


「了解です」


「はーい」


二人の軍師はそれぞれ返答し、

周囲の景色と同化するように気配を殺した。




びょうびょうと音を立て、

本城天頂部から斜面に沿って吹き降ろす風。

その風の音が急にやみ、代わりに生臭い臭いが

漂ってきた。



「ほぅ、来たか……」


鷹揚として応じるチェルニーの視線の先、

外部へ通じる引き戸の程近くから、

ぐちゃぐちゃと不快な音を立てながら少しずつ、

鈍色の異形が近づいてきた。


「こうして見るとそこそこでかいな。

 まぁオッピには遠く及ばんが」


僅かな灯りにもはや隠しようもない程ばっくりと開いた

大口の歯をてからせ、異形のカペーレは動きを止めた。

両の腕は体側にだらりと垂れさがり、頭は不可思議な角度で

巨大な胴体の上に寝そべっている。

足はもはや木の根のごとく四分五裂していた。


「胴が本体と見て間違いないようです。

 ただし身体の制御を失っているわけではなく、

 四肢が完全に崩壊するまでは十二分に敏速な行動を成し得るかと。

 戦力指数およそ12。騎士級です」


アトリアが抑揚の無い声で答申した。

胴の上部に寝そべる頭がぐねりとうねり、

虚ろな両眼がアトリアを凝視した。


「うわぁ、めっさ見てますね……

 きもいなー。あはは。

 あっ、歌いだしましたよぅ!」


胴の上部で寝そべったカペーレの首が

びくりと跳ねるように起き上がった。

そして気道を確保したらしいその口から、

ごぼごぼと不快感を煽る音を出し旋律を紡いだ。

音色はともかく旋律は正確で安定しており、

なじみ深いその曲にサイアスは


「川の乙女……?」


と思わず口にし、自らも同様に歌い始めた。



「止せサイアス。意図が読めん。乗らん方がいい」


チェルニーが指摘するより早く、

カペーレはガバリと巨体を揺らしてサイアスに向き直り、

よろめくように二歩、三歩と歩み寄った。

その動きに合わせ前衛3名がカペーレを包囲しようと動き始めたが、

チェルニーはそれを制止し、サイアスの肩を掴んだ。


「さがれサイアス。

 ヤツの狙いはお前らしい」


チェルニーは自らとサイアスの立ち位置を入れ替え、

手にした槍の穂先をピタリとカペーレの腹の大口に合わせた。

カペーレはチェルニーの殺気と威嚇を意にも介さずごぼごぼと

水っぽい声で喚きはじめた。


「ょ、せさ、いあ、す……

 さが、れ、さいあ、す… さい、あす。さいあす?」


喚く最中にも崩壊は進み、声帯が崩れて声が不透明になっていく。

ただし既に誰の耳にも、この異形が口にし目的としているものが

何か明白となっていた。



「よぜザイアス、さがれサイアズ!

 ザイアズ、ザイアズサイアスざいあずぅううっ!!」



カペーレは巨体を揺すり身の毛もよだつ声で絶叫した。

そして



「覚えたぞ……」



と低い声で呟き、ドロリと崩れ落ちた。

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