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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十六日目 その十

「時が経つ程に異形化が進んでいくようだな。

 だがもともと荒野には異形しか居ない。

 眷属だと割り切ればどうということはない。

 普段通りに対処せよ」


ルメールは面頬を上げて部下の一人一人を見据え、

声をあげて激励した。魔術や秘教の素養がなくとも

眼前の異形の禍々しさは判る。これは魔や眷属と同様

人類の敵である。そのように認識し、教導隊の兵士たちは

いつもの冷静さを取り戻していた。


カペーレは暫し教導隊から目を逸らしてあらぬ方向を見つめていた。

そして何か合点がいったのか、頷くようにして俯き動きを止めた。


「むっ、何だ」


俯いたカペーレの口からごぼごぼと音が漏れた。

音には高低があり長短があった。すなわち旋律を成していた。


「……これは、歌?」


兵士の一人が呻くように言った。

この世のものとも思えぬその声は、確かに旋律を伴っていた。

そしてその旋律を、かつて兵士は耳にしたことがあった。


「……川の、乙女……」


異形の亡者と化したカペーレが紡ぐのは、

滔滔とうとうと流れる川のほとりを舞台とした、

異形と化した哀しき乙女と約束を忘れた騎士の悲恋物語。

広く平原に知られる戯曲「川の乙女」の主旋律だった。


異形と化し、半ば崩れたカペーレは確かに歌っていた。

ごぼごぼと禍々しい音声で、川の乙女の哀しき想いを。

その声に名状しがたい感情を覚え、教導隊は身動き一つできずにいた。



「あれは、何を……」


斜面の天井に大きく映し出された外郭北東区画の

包囲網とその中心の存在を眺めながら、

サイアスは誰に問うともなく呟いた。


「兵が動揺しているようだ。

 語りかけているのか、あるいは」


とセラエノがサイアスの問いを拾い上げ、


「歌、か。音声は取れんのか?」


とチェルニーが続いた。


「音声の伝達は本城内部のみ。

 それもシラクサの能力があってやっとです」


チェルニーの問いかけにセラエノが応じた。


「ふむ、まぁ良い。

 攻城兵器群の準備はどうだ」


「中層南西域、まもなく投射開始します」


軍師の一人がそのように答申した。


「よし。いいか、カペーレはあくまで別件に過ぎん。

 騎士団の主敵は宴の眷属と背後の伯爵だ。

 攻撃はこの件に構わず予定通り進めよ。

 ……おいおい、今度は何だ……」


ぼやくチェルニーの視線の先で、

カペーレにさらなる変化が訪れていた。



禍々しくも物悲しいその歌声に魅入られて

満足な対応を取れぬ教導隊の見守るなか、

身体を抱え前に倒れ込むようにしてカペーレの背が割れ

ぶじゅり、ずるりと音を立て、肉片と共に4つの突起が飛び出した。

唐突な変化にはっと我に返った教導隊は、まず盾を掲げ守備を整えた。

それは専守防衛を主任務とする第一戦隊兵士にとり当然の反応であった

が、結果としてカペーレの変容を指をくわえて見守り続ける恰好となった。

背肉を破って飛び出した4つの突起はすぐに膨らみ

大気を打って本来の姿を取り戻した。

それは、四枚の大きな翼であった。



「ぬっ、いかん飛ぶぞ! 

 叩き伏せよ!」


ルメールの鋭い声に従って6名が手槍をカペーレへと

振り下ろしたが、既にカペーレは宙にあった。



「投擲! 撃ち落とせ!」


カペーレ目掛け手槍が投げつけられた。

そのいくらかは四肢に命中し損害を与えたものの、

既に四肢は機能しておらず、肉片をまき散らすだけで、

飛翔し上空へと飛び去るカペーレを止めることはできなかった。

カペーレは四肢をダラリとぶら下げた状態で

南西へと飛び去っていった。


「チィッ…… 上層部に連絡を」


そう呻くルメールに背後から声が掛けられた。


「不要だ。こちらの様子は逐次捉えているだろう」


「これは剣聖閣下」


ルメールは配下と共に、自隊へと歩み寄る

第二戦隊長にして城砦騎士長たる剣聖ローディスに敬礼した。


「ルメール。火だ。この営倉はもう使えん。

 飛散した肉片もあわせて焼却しておけ」


「ハッ」


ローディスの命にルメールは即応した。

配下の教導隊は状況を瞬時に切り替え、

速やかに後処理へと移っていた。



城砦騎士は騎士会からの出向という形で

兵団たる各戦隊の指揮官を担っており、

騎士長ローディスは騎士ルメールの

騎士会における上官であるため、

第一戦隊の騎士へ第二戦隊長が命を下すことに

些かの齟齬も発生してはいなかった。



「てっきり城外へ逃げるかと思ったが。

 今からでは間に合わぬか……」


そういって南西へと振り返るローディス。

その視線の先には内郭の郭壁があり蓋が続き、

闇に薄らと見え隠れする本城の山影があった。

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