表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
417/1317

サイアスの千日物語 四十六日目 その八

防壁上に墜落した3体が乱戦を招いたことにより、

後方からの追撃を受けずに済んだ15体の羽牙玉は

外郭の兵溜まりを抜け内郭へと進み、本城と一体となった

「蓋」の表面を這うように飛翔した。

蓋の随所にある通気と採光用の孔から内郭内部へと

侵入してくればかなりの惨事となった可能性はあったが、

電撃戦の目標はあくまで本城中層域中部の攻城兵器群であり、

羽牙は元来組織的な動きを旨とする眷属であった。

そのため羽牙玉の群れは脇目一つ振ることなく、

役目を果たすべく蓋を渡り本城へと迫った。


本城は東西南北に稜線を持つ四角錐をしており、

羽牙玉15体はその内の南東斜面を構築する中層のプレート群を

吹き下ろす逆風に苦戦しつつ昇っていった。

すると風に乗って、何やら旋律らしきものが響いてきた。

人の話し声でないことは判るもののそれが何なのかは理解できず、

羽牙玉はきっとそちらが座所であろうとの目途を付けて

音色の鳴る方へと飛翔した。


やがて防壁一つ分程も昇った頃、前方眼下に壁面を持たず

剥き出しとなった一画が見えてきた。

これこそが目指す本城中層南東域の攻城兵器群の座所であった。


羽牙玉の眼下には斜面からややせり出して見える

長方形の金属製の床を持つ広間があった。

四方の僅かな篝火に照らされるその広間の随所には直線的な溝が掘られ、

周囲には一定間隔で穿たれた短い柱や孔があり、さらにいくらかの

台座らしきものがあった。広間の奥には布を掛けられた構造物と

巨大な木箱が積まれており、人の気配はまるでなく、

広間中央の台座にただ一人、側に燭台を置いた人影があり、

場違いに横笛を奏でるのみであった。


眷属たちはここが目指すべき座所に違いないという

確かな実感と共に、そこはかとない違和感をも感じていた。


実のところ、この座所の攻城兵器は一時的に撤去され、

後方に格納されていた。だが今飛来する眷属たちは

これまでに一度も攻城兵器を目視した経験が無く

ただ命じられるまま飛来しただけであるため、

状況について十全な判断を成すことができなかった。

そのため羽牙玉は取り敢えず目的地を制圧すべく

広間すれすれにまで降下して、

大口手足をボトリボトリと床に落とした。


地に落ちた大口手足は軽く身震いして肢を慣らして散開し、

中央の台座に悠然と腰掛け、音色を響かせる人影を包囲した。

ウジャりとひしめき人影を重囲するその数は、優に40を超えていた。

本来ならすぐに上空へと退避し次の行動に備えるべき羽牙も、

人影がただ一つきりなことに気を良くしたか、

嗜虐しぎゃく心を煽られ絶望を煽るようにして

その牙を見せつけるようにして羽ばたいていた。



人影は鎧すら纏ってはいなかった。

緋色と黒に染め抜かれた東方風の装束に丈の短い黒のケープ。

ケープには金や銀、藍や桃、そして草色といった芳醇な色彩の

花や植物を象った蒔絵風な染物がなされており、

およそ戦場には場違いな、瀟洒な佇まいを見せていた。

人影は長髪をうなじで束ねて流し、その手に横笛を構えていた。

蕭々とした音色を響かせ奏楽に浸り、迫る敵などまるで意に介さぬ風であった。


横笛は時に潮騒しおさいのごとく、時に松籟しょうらいの如くびょうびょうと鳴った。

紡ぐ旋律は寂寥じゃくりょう感に溢れ、古城に臨む銀月をうたった。闇夜においてなお

その音色は見えぬ盈月えいげつかおしのばせ、聴く者に澄み渡った哀しさを想起させた。



「良い音だ。俺には笛の才もあったらしい」


およそ戦場に似つかわしくない、風雅な装いの人影はそう呟いた。


「いっそ歌より笛に専念するのも悪くない。

 そうは思わぬか?」


男はさも自然な様子で自身を包囲し迫る眷属の群れに語りかけた。

眷属は男の言葉にまるで耳を傾けることなく、ただ殺戮の愉悦と

餌食への欲動とに満ち満ちて飛びかかる隙を窺っていた。


「ふむ、思わぬのか」


男は興を失い、短く告げた。


「では死ね」


言葉が終わるや否や、広間が斜陽の赤に染まった。

抜く手も見せずはしる剣閃は多重の紅輪を描き出し、

大口手足は次々と燃え盛る様にして消滅していった。

現世に顕現した紅蓮地獄の業火は刃の届かぬ位置にまで及び、

重囲した大口手足のうち実に半数までが、ただの一撃で死に絶えた。

大いなる魔である闇の御手ですら戦闘不能に追い込んだ、

落日の陽光を鍛え上げ、刃と成したその剣の名はベルゼビュート。

かつて紅蓮ぐれんの大公と呼ばれた大いなる魔そのものであった。


辛うじて難を逃れた包囲網外縁部の大口手足らは

逃げることも悲鳴を上げることもできず、

魂を貪り悲鳴にも似た甲高い歓喜の声を上げて

歌い遊ぶ魔剣ベルゼビュートに怯えていた。

そこに周囲の暗がりから茫洋と姿を現した武人たちが

白刃をかざして斬り掛かり、据物斬りのごとく容易く両断していった。

他と異なりやや高い位置で浮遊し様子を窺っていたために

魔剣の餌食とならなかった9体の大柄な羽牙たちは

ようやくにして我に返り、金切声で絶叫した。

そして未だ残る任務を果たすべく、上空へと舞い上がった。


離脱を図る羽牙数体の周囲に、細かい銀の筋がひるがえった。

それは鋼糸でできた網であり、4体の羽牙が絡め取られて地に落ちた。

そこにすかさず武人たちが殺到し、網目を縫って手際よく

それぞれ一突きで仕留めていった。



「お前の投げ網も久方ぶりだな」


麗音を放つ左手の横笛を懐にしまい、

紅炎を放つ右手の魔剣を松明代わりに携えて

剣聖ローディスは薄く笑んだ。


「薙刀とは相性が悪いもので」


手元を振るって網を引き揚げ、巧みに巻き上げて

仕舞い込んだ歴戦の武人たる城砦騎士ヴァンクインは

そう言って苦笑し、


「5体逃がしてしまいましたな……」


と告げた。

攻城兵器群の座所に電撃戦を仕掛けた魔軍の強襲部隊は

セラエノの指示で伏兵となっていた剣聖ローディスと

配下のヴァンクインや抜刀隊によって壊滅状態に追い込まれ、

残すところ後5体となっていた。


「5体であればミツルギがどうとでもするだろう。

 すぐに残った屍を焼け。こんな所に顕現されてはたまらぬからな」


ローディスは冷笑気味にそう告げると、

後処理を配下に任せ、本城の奥へと去っていった。

ローディスの奏でた音曲は

瀧廉太郎の名曲「荒城の月」の旋律をそのモチーフとしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ