サイアスの千日物語 四十六日目 その六
「狙いは南東…… そして羽牙。攻城兵器か。
奸知公爵の目的は、本城中層南東域に配置された
攻城兵器群への奇襲。敵本陣やカペーレを囮と利して、
昨夜の牽制攻撃を主攻するのでは。
そしておそらく二手目は本城中層南西域の攻城兵器群。
昨夜の戦闘で猛威を奮った天雷や火竜を脅威と見做し、
これらを無力化する意図があると推測します」
サイアスは智謀の限りを尽くして観測を終え、
そのように答申してみせた。
「……悪くない」
チェルニーはニヤリと笑ってそう言った。
「フフフ。表象としては、ほぼ正解だね。
君の観測技能は4。十分軍師が務まる水準のようだ。
だが満点じゃない。一つ大事なことを忘れてる」
セラエノは目だけで笑んでそう告げた。
技能値4といえば一流と呼ばれる水準であり、
軍師の目さえ習得すれば即、城砦軍師として
活躍できる域であった。
「ぬ……?」
「昨夜にも羽牙による攻城兵器への奇襲があった。
この奇襲は続く本隊の突撃を支援する陽動でもあり、
羽牙の一隊は深入りはせずひと当たりしたのち撤退した。
つまり昨夜の羽牙は『城砦周辺の眷属』であり、
今は奸知公爵に徴用され、丘陵の建造物に居るということさ。
そして公爵には伯爵と共闘する気など無い。
つまり今日奇襲を担う羽牙は昨夜のものじゃない。
宴のために遥々荒野奥地からやってきた新手であり、
即ち伯爵の手勢だということだよ」
「……」
サイアスはセラエノと同じ瑠璃色の瞳で
セラエノを見つめ、暫し思索した。
「……いや、まさか……」
サイアスはある一つの解を導き、その解に逡巡した。
「サイアス、この世にまさかなど存在しないんだよ。
森羅万象、遍くものはただ在るべくしてそこに在る。
しかし限りある人の身では果てなき世界を観測しきれない。
だから不可解だったり意外に見えたりするだけなのさ。
畏れずに言ってみるといい」
セラエノの瞳は深淵の蒼を湛えてサイアスを見つめた。
サイアスはその蒼に吸い込まれるような錯覚を覚えつつも
静かに頷き、自らの考えを口にした。
「奸知公爵は、我々騎士団の味方をしている。
私にはそのように見受けられます」
サイアスの言にセラエノは薄く微笑み、頷いた。
「その通り。用いる手段はともかくとして、
少なくとも今宵の宴のこの件に関しては、
奸知公爵は城砦騎士団の味方だよ。
奸知公爵は観戦者だ。とにかく良い勝負が観たいんだよ。
公爵は我々騎士団の戦力を伯爵よりも下だと見做している。
だから伯爵側の奇襲で一方的な展開になるのを嫌って
カペーレという手駒でこちらの注意を喚起し、
自ずと奇襲に気付くように仕向けてくれているのさ。
気付けば良し、気付かぬようなら見込みなし、
といった手厳しく回りくどいやり方でね」
セラエノは僅かに首を傾げ、
細く長く息を吐いた。
「軍議でも指摘しただろう?
大いなる魔の中でもとりわけ強大なこの奸知公爵は
迂遠なやり方でちょっかいを掛け、
相手が掌の上で踊るのを眺めるのが大好きなんだよ。
人の存亡を賭けたこの戦は絶好の暇つぶしであり酒の肴なのさ。
月下の薄氷を渡るが如き大戦の趨勢は千変万化の様相を呈す。
ほんの些細な切っ掛けでまるで展開が読めなくなるから、
そりゃもう楽しくて仕方ないんじゃない?
だからこちらが相手の気を惹き健闘しているうちは、
独自の基準によるフェアプレーらしきものを心がけるんだよ。
互角の戦の方が観ていて楽しいからね」
「……ふざけている、とは思いませんが。
……物凄く面倒くさい構ってちゃんですね」
サイアスは首を振り、
額に手をやってやや疲れた様子でそう言った。
「まったくだよ!
こっちとしては大助かりだけどね!
それとあくまで今宵のこの件に関してだけだからね?
相手が弱い場合は全力でそちらを応援するだろうし。
それにカペーレを送り込んだ理由については
まだまだ他にもありそうなんだよねぇ」
セラエノは思案気な眼差しをして
指令室の壁面に映し出された城砦南東部の防壁を見つめていた。




