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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
412/1317

サイアスの千日物語 四十六日目 その三

深夜。そろそろ2時に近づくという頃、

風に乗って人ならぬものどもの唸り声が響いてきた。

未だか細いその咆哮はしかし確かに少しずつ音を増し、

城内に不安と焦燥をもたらしていた。

座標9ー9に集う眷属の規模は未だ定かならず

その陣容も朧であったが、漆黒の帳を隔ててなお

そこに狂おしい程の熱気と殺気が渦巻いているのを知らしめていた。


こうした状況を受け、待ち侘びたとばかりに

第一戦隊が内郭北東区画から南東区画を経て、

城砦南門を抜けて野戦陣南西域へと出陣した。

その数150名。率いるのは第一戦隊副長にして

城砦騎士たるセルシウス。副官は騎士シュタイナーと

元トリクティア機動大隊の長である兵士長ガーウェイン

であり、陣内に第一戦隊長にして騎士長たる

オッピドゥス・マグナラウタス子爵その人の姿は無かった。

オッピドゥスは先夜貪隴男爵によって破砕された

専用甲冑「城砦」の修復のため、防具工房に詰めていたのだった。


人にしてはかなりの長身に鈍色の甲冑を纏い、

さらにその上に学者然とした赤いガウンをまとった

セルシウスは、何事につけとかく派手なオッピドゥスの陰で

諸事万端を整える陰の功労者であり、

オッピドゥスの信も厚くその実力も確かであった。

オッピドゥスが前線を担う際は後方支援にまわり、

逆にオッピドゥスが待機に当たる際には前線を担う。

さながら太陽と月の如き塩梅で第一戦隊を統率していた。


第一戦隊150名の南進を見届けた内郭南東区画からも、

第二戦隊副長ファーレンハイトの率いる強襲部隊

100名が出陣した。先日と異なり城砦北門ではなく

城砦南門から出陣し、先日と異なり伏兵とはならず

そのまま第一戦隊の後方に布陣、軍団規模での後鋭陣を形成した。



「両戦隊とも野戦陣へ入り、敵陣と対峙したようです」


軍師らの報告と天井や壁面の映像を総合しつつ

セラエノがチェルニーへとそう告げた。



平原であれば10万単位の軍勢に匹敵する各戦隊の行動に対し、

上層部はあくまで方針を示すのみであり、

いちいちと事細かに指示を飛ばすということは無かった。

戦場におけるあらゆる判断は大将たる各戦隊長に委ねられ、

百戦練磨の名将たる彼らが戦場の機微を見誤ることはなかった。

よってこの出陣も各戦隊長の判断によるものであり、

指令室はただ見守るだけといった様相であった。

無論こうした統率方針にも例外はある。

例えばそれは、魔の顕現に纏わる対応であった。



「ふむ、そろそろか……」


手指を顎に当てつつ、チェルニーはそう呟いた。

その視線は壁面の映像の一つに注がれており、

そこには出陣によりすっかり人気が失せて静まり返った

北東と南東の2区画の内郭の状況とその外側に拡がる

薄闇の外郭や防壁が映し出されていた。



戦意と鋭気をみなぎらせた数百の兵が動き、

彼方へと去っていったなら、その気配は糸を引いたように流れ

静寂と空虚の訪れと共にその不在を周囲に知らしめる。

それなりの厚みがあるとはいえ、内郭と壁一枚隔てたきりの

外郭北東区画の兵溜まり。その外れにある資材用倉庫群の

一帯に展開する第一戦隊教導隊の面々も、

主力部隊の出陣を肌で感じ、察知していた。


「出陣したようだな……」


不燃性の資材を貯蔵する倉庫の一つを急造で仕立て直した

治療施設とは名ばかりの営倉で、兵士が同僚に話し掛けた。

営倉内には3名の兵士がおり、良質の甲冑をまとい剣を佩いていた。

壁には手槍も掛けてあったが、振るうにはこの営倉は少々狭かった。


「そのようだな。

 このまま何事も無ければいいが」


答えた兵士が隣室監視用の隠し小窓を覗き込んだ。

粗末ではないが窓がなく、人の頭程の大きさの

排水口と通気口が一つずつあるきりの、やけにさっぱりとした

その隣室では、一人の大柄な兵士が寝台で寝ていた。

縦にも横にも大きい第一戦隊兵士とは異なり、

この兵士は特に横周りが大きく、むしろ肥大していると

いった方が適切だった。仰向けに寝そべるその姿は

腹部を中心にこんもりと盛り上がった小山の様であり、

小窓を覗く兵士は異常がないのを確認した後窓を閉じ、苦笑した。



体格の表象の一側面でもある恰幅の良さは

十分な膂力が具わっていれば攻撃の破壊力を倍増させ得る。

肥満体型であるからといって弱いということは決してなく、

むしろ戦斧や重棍、体当たりといった衝撃重視の武器を

振るう場合は巨体の重みが無視できない優位をもたらした。

もっとも単に脂身が積もり積もっているだけであれば、

まるで話が違ってくる。そしてこの消息不明だった新兵に

限っていえば、残念な恰幅の良さであるように思えた。



「しかし凄い腹だな…… あれでよく動ける」


別の兵士もまた小窓を覗きこみ、一つ頷いてそう言った。


「そうだな…… 東方には筋肉を甲冑のごとくに

 纏った結果あのような姿になる闘士が居ると聞く。

 彼も外見だけで判断はできないが、

 どうにも柔らかそうで福々しいのは間違いない」



隣室な密室で横たわる兵士の纏うスケイルメイルは

限界寸前にまで膨張しており、いつ弾けるとも知れぬ

風情を醸し出していた。また露出する肌や顔色は薄い土色を

しており不思議な程艶やかで、余程しっかりと栄養を採って

いたようにも見える。二週間消息不明でこの有様では、

果たして元はどれ程だったものかと思われた。



営倉に詰める3名の兵士らは、あるいは苦笑し、

あるいは黙考しつつこの消息不明だった新兵カペーレの監視を

続けていた。カペーレはひたすら眠り続けるだけで微動だにせず、

なんらの変化もないために、次第に監視用小窓を覗く回数は減っていった。



そして時刻が2時も半ばに差し掛かかり、

夜更けが深淵に達した、丁度その時。



カペーレの目がぎょろりと開いた。

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