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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
411/1317

サイアスの千日物語 四十六日目 その二

午前1時。城砦本城中層域の上部、神鏡の在所。

昨夜の宴で嚆矢となった、天雷を射抜いた精神の矢が

放たれたこの場所には、やはり昨夜同様の顔ぶれが揃っていた。

城砦の南西方面への眷属の集結とその陣容は未だ十分ではなく、

指令室からは待機以外の通達を受けていない。

そのため在所は本城への連絡路や壁面に設置された

僅かな篝火に照らされるだけの薄闇の只中にあった。


薄暗がりの中、篝火の炎が僅かにかげった。

翳りは陰となりさらに影となって、一人の武人をかたどった。


「ブーク閣下、御免仕ごめんつかまつります」


鬼神像のごとき屈強な体躯を東方風の衣で覆い、

腰には太刀を一振りのみ。

神韻縹渺たるこの在所にある意味で相応ふさわしく

ある意味まったく似つかわしくないこの武人は、

およそ外見からは想像できぬほどの柔らかい物腰で

在所を預かる第三戦隊長クラニール・ブークに声を掛けた。



「君は…… 剣聖閣下のお弟子さんだね」


「左様に御座います。

 名はミツルギ。抜刀隊1番隊組長を拝命しております」


ブークの問いに武人は応えた。



第二戦隊には剣聖ローディスが自らの剣技を授けた

直弟子のみで構成された、抜刀隊なる撃剣集団があった。

5名の剣豪たる騎士がそれぞれ9名の配下を率いる

計50名の精兵集団は、その鳴るが如き武威とは裏腹に

一様に礼儀正しく物腰の柔らかい紳士たちであった。



「ふむ、確か……」


「我が兄です、閣下」


光の巫女たる城砦軍師ミカガミは、

そう言ってブークに一礼した。


「ミカガミがお世話になっておりまする。

 愚妹なれど掛け替えなき光の巫女なれば、

 何卒お引き立てくださりませ」


鬼神の如き武人ミツルギは深々と頭を下げた。


「ミツルギ君、面を上げてくれたまえ。

 世話になっているのは私の方だよ。

 これでは私は土下座でもしないといけないな」


「滅相もござりませぬ」


苦笑するブークに対し

やや慌てた風に身を起こしたミツルギは、

今度は威儀を正して彫像のごとく硬直した。


「ミツルギ君、どうか楽にしてくれたまえ」


「ハッ、有難きお言葉」


そう返事はしたものの、

ミツルギは微動だにする気配がなかった。


「お許しを。兄はいつもこの調子なのです。

 さらには抜刀隊の面々も兄にならってこの調子だと聞きます」


ミカガミはそう言って溜息を付いた。

それを見たミツルギがジロリとミカガミを見つめたが、

光の巫女たるミカガミは、まるで意にも介さなかった。


「いや許すも許さぬもないけれどね。

 まぁ、皆どこかしら変わっているものさ」


ブークはそう楽しげにそう言い、

近隣の闇に溶け込むようにして立っていた

ルジヌがローブのフードの下で眼鏡に手をやり、直していた。



「剣聖閣下のお申し付けかい?」


「御意にございます。

 僭越ながら、警護に当たらせていただきます」


ミツルギの剣術技能は9。一握りの天才が

徹底した研鑚の末ようやく辿り着ける神域にあり、

ベオルクを上回りローディスに次ぐ撃剣の達人であった。


「それは有難い。宜しくお願いするよ。

 ……閣下から理由は聞かされているのかな」


「いいえ。ただ在所を護れと一言のみにて」


「成程、了解したよ。

 今ここに居るのは皆飛び道具の専門家でね。

 いざというときはすっかり君に負担を掛けてしまう

 ことになりそうだが、どうか面倒を見てやって欲しい」


「勿体無きお言葉、この身に代えても必ずや

 お護りしてご覧にいれまする」


ミツルギは深々と、それは深々とブークに頭を下げた。

そしてすっくと姿勢を戻すと闇に混じって見えなくなった。


その様を食い入るように見つめるルジヌや

どこか困った表情でブークを見やるミカガミに

僅かに首を傾げて目を細め微笑んでみせた後、

ブークは眼下に拡がる闇の向こうに思いを馳せた。


「ふふ、成程ね……」


「……どうかされましたか?」


ブークのこぼした微笑に対し、

ルジヌがいつもの仏頂面でその様に尋ねた。


「あぁ、少々不謹慎な発想を抱いてしまってね」


ブークはそういいつつも薄く笑んだままだった。


「軍師に禁忌はありません。よって不謹慎は存在しません。

 ……まぁ、内容によっては奥方に報告いたしますが」


ルジヌは顔色一つ変えずにそう宣告した。


「待ってくれ! そういう不謹慎ではないよ。

 私を饅頭ガニ諸君と一緒にしないでくれたまえ」


愛妻家たるブークは大いに慌て、

さりげなくフェルモリア王家をおとしめた。


「ではお聞かせ願いましょう」


ルジヌはズイズイと詰め寄った。

自分の知らない内容で人が楽しむのは許せないようだ。


「参ったな、大したことでは無いのだけれど。

 まぁいいか。君はもうカペーレの件は聞いているね?」


「承知しております」


「その事さ。軍議に集ったそれぞれの指揮官が

 大筋で対応に合意しながらも、

 それぞれ別働し別の視点で考察して、別個に対策を施している。

 それらは全て別々の道を通って一つの正解へと

 向かっているのだけれど、道行きの先の合流地点には

 既にセラエノ殿が先回りしていて、結局皆で纏まって進んでいる。

 そうした様が面白くてね。互いに出し抜き合いつつも結局

 一つになる様が微笑ましいというか何というか。

 案外奸知公爵だけでなく彼らもまた、

 この恐るべき札遊びを楽しんでいるのかなと、そう思ったんだよ」

 

「成程、そうでしたか…… ふふ」


ブークの説明を受け、ルジヌもまた不敵に笑みを零していた。


「おや、今度は私が問いつめる番かな」


ブークは楽しげな表情で、

ここぞとばかりにやり返した。


「いえ、それには及びません。

 他人事のように仰っておられますが、

 閣下もまた同じではないかと、そう思った次第です」


ルジヌは笑顔のままそう言った。


「あぁ、私か。無論、楽しんでいるとも」


眼下の無辺の闇を見つめ、ブークはそう言って静かに笑った。

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