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サイアスの千日物語  作者: Iz
序曲 さらば平原よ
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サイアスの千日物語 三十日目 その四

初陣の新兵たちにとって、おぞましい状況はまだ続いていた。

かつて仲間の一部であった肉片をほおばりながら、羽牙たちは小隊の

前方を羽ばたいていたが、溢れる血と汁を十分満喫し終えたのか、

骨や皮革のカスなどを小隊目掛けてブッっと噴き出した。


「ヒッ」


難を逃れて無事だった前曲の新兵たちは、悲鳴をあげて後ずさった。

羽牙たちは血だらけの口をにんまりと開け、ひるんだ隙にさらなる

血肉を喰らわんと、血まみれで倒れている新兵たちへと急降下した。


「させるかッ!」


兵士長アッシュは怒号と共に突進し、手にした槍で横薙ぎに薙いだ。

羽牙たちはふわりとはためいて槍をかわし、まるで小ばかにしたように、

実に楽しげな声で吠えた。もっともその声はすぐ苦悶に染まった。

騎士ヴァンクインの手元がキラリと光り、羽牙3体の翼を撃ち抜いたのだ。


ヴァンクインの放った6本の飛刀の仕業であった。

それらは人の手指程度の刃しか持たない小さなものでしかなかったが、

バサバサと羽ばたく羽牙の翼を打ち抜き、その機能を奪うには

十分であった。ヴァンクインはすぐに左右の手に新たな飛刀を3本ずつ

握り、無事な羽牙目掛け躊躇なく飛ばした。瞬く間に5体すべての翼が

傷つけられ、満足に飛べなくなった羽牙たちはふらふらと地に落ちた。


「くたばれッ!」


兵士長アッシュは間髪入れず飛び掛り、地に落ちた羽牙に槍を突き立てた。

二度、三度と突きを放ち、ようやく1体を仕留め終えた。


「前曲五名、羽牙を仕留めろ」


ヴァンクィンは言った。


「あ、う……」


しかし前曲の新兵は仲間を喰われた恐怖と衝撃で動けなかった。


「どうした。仲間の仇を討たんか!!」


ヴァンクインの怒号ではっと我に返った新兵たちは、


「う、うぁあああ!」


と叫びつつ、地でのたうちつつも再度飛び上ろうとする

羽牙たちへ殺到した。そしてあるいは叫び、あるいは泣きながら

羽牙5体を滅多刺しにした。


「ヴァンクイン様。羽牙5体の撃破を確認しました」


兵士長アッシュが平静を取り戻しつつ報告した。


「あぁ。しかし5か。不自然だな……」


「はい……」


羽牙は通常三体一組となって行動し、うち1体でもやられると

即刻逃げ出すのが常だった。


「まぁ良い。負傷兵に止血と消毒を施せ」


「ハッ」


アッシュは返事をすると後曲の新兵を数名伴い、

負傷兵の治療にあたった。新兵たちは真っ青な顔でそれにならい、

出血が激しくかなり危険な状態であった3名は、それでも何とか

命を繋ぎ止めた。


ヴァンクインは大柄な乗馬から地に降り立つと


「負傷兵は馬の背にくくり付けておけ」


と告げつつ負傷兵の下へと歩み寄り、顔を覗きこんだ。


「お前たちは運がいい。手足が無くても死にはせん。

 生還できれば後はなんとかなるだろう。手足であれば、

 運が良ければまた生えてくるかもしれんぞ」


そういって軽く笑った。どうやら冗談のつもりらしい、

周囲で聞いていた新兵たちはそう判断はしたが、笑える者など、

その場には誰一人としていなかった。


ヴァンクインは周りの反応など意にも介さず、淀みきった川を、

鬱屈した湿原を見やり、自嘲気味に呟いた。


「どうやら罠にかかったようだ。偵察任務は失敗だな」


ヴァンクインは陣前方へ歩いていき、

兵士長アッシュと入れ替わって前曲中央で盾役となった。

兵士長アッシュは治療技能を有していため、

陣中央で手綱を手に、負傷者の搬送を支えることになった。


騎士ヴァンクインは新兵から叩き上げで城砦騎士にまでなった

歴戦の勇士であり、馬上での指揮より最前列での仁王立ちが似合う

偉丈夫であった。無造作に特注の専用グレイブ「ヴァンクインの大薙刀」

を引っさげ歩くその姿からは、充実した闘気と武威が迸っていた。


「ま、どのみちやることは変わらん。戦えるだけ戦い、

 殺せるだけ殺して、命があれば帰るとしよう」



第二戦隊所属の偵察小隊17名は、3名の戦闘不能者を陣の中心に

かばうようにして、城砦へ向かって撤退を開始した。

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