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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十五日目 その四十一

暫時重苦しい沈黙が応接室を支配した。

皆それぞれがセラエノの語る内容を反芻し黙考した。

ややあって騎士団長チェルニーが口を開いた。


「何者だ」


「認識票によれば、

 第二戦隊兵士、カペーレ」


セラエノの声は静まりかえった応接室によく響いた。


「カペーレ? 

 ……確か二週間程前、

 輸送部隊通過に先んじた偵察を目的として急派された

 ヴァンクインの小隊に加わっていた新兵だな」


セラエノの言を受けローディスはそう語った。

ローディスは常々、せめて名前だけでもと、

容易く死にゆく配下300余名を残らず記憶に残していた。


「アッシュ兵士長の報告だと、

 幼児退行を起こしためにやむを得ず放置した、と」


ローディスに私淑する二戦隊副長ファーレンハイトも

同様の考えを持っており、役目柄さらに踏み込んだ

具体的な情報を有していた。そしてさらに


「その兵士でしたら既に、

 消息不明にる戦死報告が出されていますね」


事務に纏わる諸事を統括するブークが

手続き上の見地からそのように両者の言を補足した。



魔や眷属の跋扈する荒野において

行方不明は戦死と同義であった。

カペーレとは、騎士ヴァンクインに率いられて

輸送部隊の利用する北往路の偵察に向かい、

敵の伏兵によって次々と親しい仲間を失った衝撃で

精神崩壊を引き起こし、幼児退行の症状をあらわして

動かなくなったため往路に置き去りにされた

第二戦隊所属の新兵であった。


極限状態にある戦場では、負傷者や離脱者への対応は

なおざりとされることも多い。少なくとも戦闘可能な

生者に比して、格段に優先度合いは低下する。

瀕死ながらも生きていたディードですら

死亡したものとして放置され、サイアスが気付かなければ

そのまま眷属の餌になっていたことを思えば、

この新兵の安否が不明のまま状況が終了されたことを

責めることなどはできないだろう。



「サイアスよ。

 お前現場でこの新兵を見掛けはしなかったか」


ベオルクがその様にサイアスに問うた。

応接室での軍議に集う幹部衆のうち、

サイアスのみが当日当時、現場で戦闘を行っていたからだ。


「見掛けておりません。私が視認したのは

 ディードを除けば全て、部位の欠損した死体でした」


サイアスは些かの淀みもなくそのように答えた。

さらに、大ヒル戦に際しては地形含む周辺状況の確認をも

済ませている。生きた兵士が居れば必ず気付いたはずだ、

とサイアスは補足してみせた。


「ヴァンクインや増援部隊、さらには輸送部隊からも

 この新兵の消息に関する情報は入ってねぇ。

 こいつぁむしろ、不自然なくらい忽然と消えてますな……」


ファーレンハイトが記憶と照合しそのように語った。

そしてこれら得られた情報を総合して

現時点で出せる結論は限られていた。



「ふむ…… その新兵の状態は」


チュエルニーはすぐに結論を口にすることは無かった。

まだ半信半疑であるのかも知れなかった。


「装備は相応に劣化していますが

 目立った損壊や外傷はありません。

 総じて状況に比して身体の衰弱度合いは軽微です。

 また、先の報告の通り精神崩壊を起こしており

 こちらからの意思疎通は全くできませんが、

 一方で身に染み込んだ部隊行動は問題なく取れています。

 

 自我の薄い幼児、或いは呆を発した老人に近い

 といえば伝わるでしょうか。まぁそう言った状態です。

 日中出張った部隊が帰投する際、いつの間にか

 合流していたという報告を受けています」


セラエノはひたすら抑揚を殺し、

客観的事実を伝えることに努めていた。



「……城砦に入れたのか?」


城砦の防衛全般を担う第一戦隊の長オッピドゥスは

カペーレに対する処遇に不快感を示した。

気の触れた状態で荒野に二週間も放置されていた新兵が、

自力で生きている筈などないからだ。


「えぇ。追い払うのは『傍目はために不自然』過ぎますので。

 現在は外郭北東区画の倉庫の一つを急造の施療施設とし、

 そこに治療と称して軟禁しています」


セラエノは肩を竦めてそう答えた。

城砦外郭の兵溜まりには本城や内郭の様な密封型の「蓋」がなく、

防壁と内郭城壁に囲まれた僻地となっていた。

そして「傍目」にあたる存在がこの兵の成り行きを

注視している可能性、いやほぼ確たる事実を示唆してみせた。



「奸知公爵か……」



チェルニーが遂にその名を口にした。

今やその場の誰もが同様の見解を持っていた。


「意図は不明ですが、恐らくは」


セラエノは僅かに頷いてみせた。


「泳がせるのか?」


ローディスはその様に問いかけ、


「危険だな」


オッピドゥスはそのように述べた。

それを受けセラエノは


「現状我々にできるのは、あちらに飽きられぬよう

 善戦することだけです。敢えて罠に掛かった上で裏を掻く、

 くらいの事は、やってみせねばならないでしょうね……」


と懊悩をよぎらせ静かに語った。


「成程ね…… 動くとすれば深夜、

 えんたけなわみぎりに、というところかな」


ブークは額を押さえつつそのように述べた。


けだしかり」


セラエノは頷き肯定した。


「一個小隊程割いておくか」


「ならうちの教導隊にやらせよう」


「うむ、頼むオッピ」


チェルニーの言にオッピドゥスが応じ、

宴後の拠点攻略のため予備にまわしていた

城砦騎士ルメール以下第一戦隊教導隊を

この新兵に関わる諸事の対応にあてることとした。


「まったくロクでもない相手だな。奸知公爵とやら」


「えぇ、そうですね…… 何を考えているのやら」


ローディスやブークの嘆息にその場の皆が賛同し、

残る諸事をさらりと打ち合わせた後、臨時の軍議は終了した。

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