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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十五日目 その四十

奸知公爵なる魔の扱いをひとまず定めた幹部衆は

話題を次へと進めることとなった。


「では続いて二点目。今夜の宴についてです。

 端的に。眷属の集まりにかげりが見えております。

 これには二つの理由があり、一つは緒戦で

 二柱を始末したため敵方がたたらを踏んでいる点。

 今一つは奸知公爵の影響です」


セラエノの説明に、幹部衆はまたかという顔をした。

公爵殿はどうやら相当な構ってちゃんらしい、と

サイアスは不遜な感想を抱いた。


「城砦南西の丘陵地帯に築かれつつある拠点は

 どうやら奸知公爵の策によるものであり、

 城砦周辺域に集結する、本来なら宴に加わるはずの

 眷属の多くは、そちらの仕上げと防備に駆り出され

 宴へと参集する気配を見せておりません、

 

 このため当中央城砦近郊において、

 宴で顕現し得る魔は残っているものの

 宴で顕現するための手段となる眷属が不足するという、

 前代未聞の事態が起きています。


 結果として今夜の宴の主戦力となる眷属たちは

 遠路はるばる荒野の奥地から当城砦周辺にまで

 出向いてくるものに限られます。

 そのため開戦時刻が大幅に遅れ、

 明け方に近くなる可能性も否定できません」


セラエノは僅かに首を傾け、肩を竦めてそう言った。

聴衆たる幹部衆の間ではどよめきがおきていた。

100年を超える城砦の歴史でこうした事態に至ったことは

これが初めてであったからだ。



傍目はためには足の引っ張り合いに見えるが」


第二戦隊長にして剣聖たるローディスが率直な感想を述べた。


「ハハハ、確かに派閥抗争に見えなくもないですね。

 ただ、そもそも魔に共通した目的意識など、ないのかもしれません」


かつて大国トリクティアの政局の中枢にいた第三戦隊長ブークは

自身の経験をも踏まえてか苦笑交じりにそう語った。


「しかし奸知公爵とやら、宴用の戦力を

 横取りして使うって発想が実にアレな感じだな」


オッピドゥスが苦い表情でこめかみを押さえていた。


「眷属との大規模戦闘を黒の月終了まで延々と続ける体力が

 我らにない以上、困った状況なのは間違いないな……」


チェルニーは腕組みをしつつセラエノに続きを促した。

セラエノは小さく頷くと、


「三々五々集う眷属を逐一始末していたのでは

 残り一柱の魔が顕現し得ず、

 残り一柱の魔を顕現させて撃退せぬ限り

 宴は延々と続き終わらない、ということになります。

 そのため今夜の宴においては戦線を小さく保って防備に徹し、

 眷属の屍が一つ所に山積するよう配慮する必要があるでしょう」


と方策を挙げた。


「わざわざ相手の戦術を手伝ってやるわけか?

 なんともいえん気持ちになるな」


オッピドゥスは苦虫を噛み潰したような表情で笑った。


「具体的な会戦予定時刻は判っているのか」


「参謀部の試算では2時過ぎです。夜明けが4時半であるため、

 魔はほぼ顔見せのみとなるでしょうね……」


ローディスの問い掛けにセラエノは淀みなく応じ、


「少なくとも残り3戦せねばならんということか。

 物資の備蓄はどうなっている」


「木材と油の消費が大きい点も含め、常と大差ない状況です。

 昨日と同様の規模の戦闘を一週間続ける余裕はあります」


と、チェルニーに対してもセラエノは過不足なく応えてみせた。

次いでベオルクが口を開き、


「奸知公爵の手勢が丘陵地帯に駐屯しているとなると、

 宴後の拠点攻略は困難になるな……」


との分析を示し、


「そうですね。白紙撤回も検討しておくべきでしょう」


とセラエノはこれに賛同していた。



「今夜出る魔の目処は立っているのかな」


「はい。特定までは致しかねますが、

 おそらくは伯爵級のうちの一柱かと」


ブークの問いに応じて飛び出した「伯爵」という

セラエノの言葉に、一同は一様に眉をひそめた。


「……それはまた難儀な話だな」


昨夜の貪隴男爵ですらあれだけの力を持っていたことを思えば、

伯爵の力量たるや推して知るべし。オッピドゥスはその様に理解し

セラエノに頷いてみせた。


「今夜は極力兵の損耗を避け、

 可能なら敵の損耗も避けるべきということか」


「……籠城するのか?」


チェルニーの言にローディスが問い掛け、


「出すのは騎士を中心とし、

 兵団の主力は城内からの支援が良かろう。

 どうだ兵団長」


チェルニーはサイアスにも話題を振ってみせた。


「仰せの通りで宜しいかと存じます。

 でき得るなら昨日用いた反射板等の光を用いた戦術を

 再検証してみたいところです」


サイアスはセラエノに似た口調で淀みなく所見を述べ、


「そうだな。防壁上やその付近から周囲を徹底的に

 照らし出すことで敵の動きを捕捉し拘束することができれば、

 随分今後の戦闘がやりやすくなるのは間違いないところだ」


チェルニーはその言動に満足し頷いていた。


「では参謀部と資材部はそちらの準備にあたりましょう」


「兵士を直接戦闘に使わぬのであれば、

 昨夜出した連中は極力休ませ予備兵力に経験を積ませるか」


「それで良かろう。二点目についてはこんなところだな」


セラエノやオッピドゥスもまた所見を述べ、

チェルニーが裁可を与えて二点目についても一通りの方針が定まった。



「では最後の一点、とある兵士について、ですが」


三点目の厄介事を、セラエノは憂鬱そうに語り出した。

幹部衆の目は一斉にサイアスへと向けられ、

サイアスは素知らぬ顔でセラエノを見つめていた。


「……あぁ、サイアスのことではないですよ。

 もう『兵士』と呼ぶのは違うでしょうしね」


「ふむ、それもそうだな」


セラエノは薄く笑んで僅かに機嫌が持ち直し、

チェルニーを始め他の幹部衆もまた納得し頷いた。

サイアスは終始他人事としてツンと澄ましていたため、

幹部衆はやや苦笑していた。



「実は本日日中、第二戦隊の有志による部隊が北往路西端域で

 暗躍する魚人への対応で出張っていたのですが……

 騎士と兵士合わせて70名が出動して5名が戦死。

 そして66名が帰還したのです」


「……?」


セラエノの言に対し、皆一斉に首を傾げた。

セラエノはその様に頷いて声を落とし、告げた。


「えぇ、そうなのです。

 ……一人、増えているのです」

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