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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十五日目 その三十九

午後5時半、第四戦隊営舎の詰め所に

参謀部からの人手がサイアスを迎えにやってきた。

聞けば6時から中央塔下層の一室で

騎士団上層部としての軍議を行うとのことで、

これに兵団長として参加せよとのことだった。

なおベオルクは既に別件で中央塔へと出向いており、

現地で合流することになるとのことだった。


「軍議は30分程の予定です。

 また本日の日没は7時丁度と予測されており、

 軍議終了後間を置かず全体規模の作戦行動に移行します。

 兵団長閣下におかれては軍議の後そのまま指令室へと

 入っていただきます。食事や休憩等については、

 参謀長の居室を利用してよいとのことです」


軍師は淀みなくそのように告げた。


「閣下キタコレ! ヒューヒュー!」


「朝まで監禁かよ。ブラックだのぅ」


「サイアスよ遠慮はいらねぇぜ。

 気苦労は全てお前のもんだ!」


兵士たちは口々に軽口を叩いていた。

迎えの軍師は無表情なまま僅かに眉をひそめた。

しかしサイアスは平然としたもので


「四戦隊騎兵隊には魔への囮を命じまーす」


と兵士らに向かって宣告した。


「ちょっ、お前!?」


「何言ってんの!?」


「魔の相手なんて冗談きついぜ!!」


兵士らは半笑いで文句を言った。

どうやら、昨夜の戦闘でサイアスが実際に

兵士100名を囮としたことを、まだ知らないようだ。


「私は本気でーす。

 昨日もやったしね。まぁ楽しみにしてて」


サイアスは涼しい顔で昨夜の戦闘を説明した。


「よせ! 馬鹿! よせ!」


「闇夜で騎兵とか無茶過ぎる。俺ら可哀相過ぎる!」


「まったくだ。変な旗的なモノが立ったらどうしてくれる!」


兵士らは半泣きで必死にゴネた。


「そんなもの引っこ抜いて敵に刺せば良いでしょ。

 ではいってきまーす」


サイアスはギャアギャアと喚く兵士らや

苦笑しつつニヤニヤしているデレクに見送られ、

クツクツと忍び笑いの止まらぬ軍師と共に営舎を出た。



軍議は中央塔下層3階、併設された参謀部の建物と連絡のある

区画の応接室で行われた。サイアスの居室の応接室を二倍した

程度の広さであり、程なくそこに騎士団長以下各戦隊の長と副長、

そして参謀長セラエノと職人の棟梁が集った。供回りにあたる

兵士や軍師は室内にはおらず、どうやらこれから行われるのは

密議の類に違いないとサイアスは悟った。



「やぁ皆様方。まずは緒戦お疲れ様です。

 未だ予断を許さぬ戦の最中ではありますが、

 史上初の快挙を成したことは素直に喜んでよいでしょう」


揃うや否や、セラエノが静かに言葉を紡いだ。


「もっともこうして臨時の軍議を開く程度には

 厄介な出来事が起きています。

 厄介事は三つ。つい先刻一つ増えました。

 一つは今期の魔について。

 一つは今夜の宴に関して。

 今一つはとある兵士についてです」


セラエノは珍しくやや歯切れの悪い話し方をした。

サイアスは不吉な予感しかしなかった。


「まずは一点目、今期の魔についてです。

 通常魔は宴を中心に活動し、黒の月を除けば

 その意図や計画が定かには見えぬものですが、

 今期にあっては少なくとも一柱以上の魔が

 宴とは別に暗躍していることが判明しました。

 

 通例魔は使役する眷属にある程度偏りがあるものですが、

 この魔は陸、空、水全ての種の眷属を手足のように操っており、

 その影響力から見て少なくとも公爵級の力を有していることが窺えます。

 この魔は奸計を好んで伏兵を仕掛け挟撃し、

 あるいは智謀を駆使して誘引しつつ別所で安全に出城を築くといった、

 これまでの魔からは考えられぬ、まるで『人』の様な手を打ってきます。

 そして自らの策によって人と眷属が嵌り溺れ争い死んでいくのを

 観てたのしむ、やはりまるで『人』であるかのような風情を見せています。

 我々はこの新たな魔を『奸知公爵』と呼び警戒することにいたしました」



軍議に集った幹部たちは、

あるいは呻き、あるいは黙考した。

奸知公爵。これまでに何度も気配のみを窺わせていた

大いなる存在を、城砦騎士団は明確な一柱の魔として認知したようだった。



「幸い、かどうかは不明ですが、この奸知公爵は自ら動くことを好みません。

 そして相手が眷属であれば、我らにはこれを撃破するという

 選択肢が与えられています。要はこの魔は棋戦を楽しんでいるのです。

 あちらの駒は種々の眷属。こちらの駒は騎士と兵士。

 あちらの打ち手は奸知公爵。こちらは騎士団上層部。

 ゲームが成立しているうちは、独自のルールに則った

 フェアプレーらしきものをするのでしょう。もっともそこに我らの都合はなく、

 我らは奸知公爵が飽きるまでこれに付きあい続けることになります。

 そして奸知公爵が飽きて自ら動いた時、破滅的な規模の災厄が

 降り注ぐこととなりましょう。かつて当城砦を何度も壊滅寸前に追い込み、

 数日で平原の全てを滅ぼし得る程の猛威を振るった他の公爵の時の様に」


セラエノは抑揚なく言葉を紡いでいた。

抑揚の無い分、聴き手に与える重みは数層倍となっていた。


「当面はあちらの機嫌や興味を損なわぬよう、

 死力を尽くして付きあうしかなかろうな……」


チェルニーは重々しくそう述べ、

周囲も賛意を示していた。


「それで宜しいかと。我々にとって幸いなのは、

 奸知公爵が他の魔との連携を好まぬ点です。

 宴を利用し背後で動くことはあっても

 宴そのものに参加する意図はない様に思われます。

 よって常に注意を払いつつも、

 戦力的には宴への対応を最優先してよいでしょう」


セラエノもまた、チェルニーの判断に同意してみせた。


「よく判った。皆も今後の軍務においては、

 奸知公爵を独立別個の敵勢力と見做し、

 その存在を常に念頭に置き、警戒してくれ」


幹部衆は一斉に敬礼し、あるいは頷いた。

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