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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十五日目 その三十五

それは豪勢な食事の山を台車で運び

デネブは何度か居室と厨房とを行き来した。

すると早速気配と匂いとを敏感に察した

サイアス小隊の男衆がのっそり姿を現した。


「おぅ、サイアス戻ったんか?」


第二戦隊伝令衆の装束である

小豆色のガンビスンに身を包んだシェドが

きょろきょろと周囲を見渡していた。


「さっきね。今はお風呂。

 ……覗くんじゃないわよ!?」


「な、なぬを……」


念を押すロイエに対し

シェドは明確に狼狽うろたえた。


「あんた婚約者の父親の風呂覗いた上に

 襲いかかったって聞いたわよ。ほんと最低……」


「ぎゃあぁあっ! 誰や拡散しとるのは!」


吐き捨てるようなロイエの言葉に

シェドは絶叫した。


「他ならぬお前ぇじゃねぇか。

 呑み会の鉄板ネタにしてんだろ。

 既に城砦中に知らぬ者なしってとこだ」


ラーズがあくびをかみ殺しつつそう言った。

相変わらずのマイペース振りだった。


「なんで女子に広まんだよっ!?」


「女子とお付き合いのある男子が居るからじゃないかな。

 あ、別にシェドに嫌味を言ってる訳じゃないからね?」


「最後の一言で一気に嫌味に確変したわ!!」


シェドは朝っぱらから全開であり、

ランドもまたいつも通りの冷静なツッコミを見せていた。


「騒々しいわね……

『戦死』でいいかしら」


どこからともなくニティヤの声が響いた。


「ひぃっ!? よぐねぇがら!

 俺っちやる事あっがら!!」


「アンタ昨日は戦にビビって

 あんだけベッコリヘコんでたのに

 すっかり余裕になったわね…… なんで?」


早朝から騒ぐシェドに

ロイエは溜息交じりでそう問うた。


「当人も言うように、役目を得たことが大きいかと。

 使命感や遣り甲斐は人を強くするものです」


ディードがシェドから十分距離を取り微笑した。

どうやら苦手なタイプらしい。


「みたいだね。朝まで延々と色々聞かされたよ。

 お蔭で仮眠もとれずじまい。昨日同様寝不足さ……」


ランドは怨みのいや増した眼差しをシェドに向けた。


「ら、ランドさん!?

 いけませんわよ密室殺人事件とかは!!」


「いいね。バレそうにないし。

 誰も捜査しなさそう」


「いやバレるだろ。上から勲功出るだろうし」


「はは、そうかも」


「お前ら!! そこになおれぇ!!」


しばし一同は愉快げに笑っていた。



「ふぅ、すっきりした……

 今朝は随分賑やかだね」


洗面所からローブを纏ったサイアスが出てきた。


「ぅ、ぅおっ!?

 お、お前ほんとに、男か、よ……」


シェドはぽっと頬を染め、

どぎまぎとして挙動不審になった。


しっとりと水気を含んだ白金色の髪。

夜明けの空の青に似た澄んだ瑠璃色の瞳。

広く空いたローブの背から大理石の彫刻の如き

乳白色の肌をほんのりと桜色を含ませて覗かせ、

ほっそりと恐ろしく整った容姿のサイアスは

上機嫌で寝室側の壁沿いに並ぶソファへと向かった。


「間もなく朝食となります。我が君」


サイアスの傍に恭しく侍ったディードがそう告げた。


「ちゃんと拭かないと風邪を引くわよ」


どこからともなく湧いてでたニティヤが

サイアスの隣に腰掛けて羽織りを着せ、髪に布を当てた。


「な、なんだこの異空間……

 ここだけお姫様の部屋みてぇだな。

 はっ!? さてはお前、異世界から召喚された

 最強でチートで勇者でハーレムなレベル99の伯爵令嬢かっ……!!」


シェドが謎の電波を受信して吠えた。


「何を言っているの? 馬鹿なの? 死ぬの?」


ニティヤがジト目で自害させたがった。


「そもそもお前ぇ、

 お姫様の部屋に入ったことなんて無ぇだろ」


「だまらっしゃい! 想像はするわい!」


ラーズの容赦ない指摘にシェドはさらに吠えた。

いい加減うんざりとしたロイエが


「ちょっとそこの完全変態! 

 うちの旦那をいやらしい目で見んじゃないわよ!」


と怒鳴ると、シェドは


「だ、誰がやねん! 

 まぁ、お前らよりは目の保養になっけど!」


と明言したため、居室の温度が一気に下がった。


「あぁ、また余計な事を言う……

 これでさらに女性陣を敵に回したね……」


ランドには溜息しかでなかった。


「そういえば騎士団長は流石シェドの叔父さんだね。

 性格や言動がそっくりだった。軍師衆からは引かれていたよ。

 軍師も祈祷師も女性が多いからね」


「何やってんだよ叔父さんは……」


サイアスの感想にシェドは自分を棚上げして溜息を付いた。


「百戦錬磨の司令官ではあられたよ。

 お困り様やら居酒屋の親父やらと罵られてはいたけどね……」


「あぁ、目に浮かぶぜ……

 叔母さんに悪行が伝わってぶっ飛ばされるとこまで」


シェドは首を振り肩を竦めた。



昨日の朝とは打って変わった賑やか過ぎる時は過ぎ、

食事と茶の後サイアスは宴期間中の方針について配下に説明した。


「兵団長…… なんかものっそい勢いで偉くなってねぇか」


シェドはマジマジとサイアスを見つめた。


「呼び名が変わっただけで役目は変わっていない。

 あくまで騎士会や騎士隊が別働している間、

 一時的に指揮権を預かるというだけだよ。

 宴が終われば普段通りだしね」


サイアスはさらりとそう述べた。


「ほほー? んでも城砦兵士1000人の頂点なんだよな。

 凄ぇよな…… 俺の目に狂いは無かったぜ!」


「ほぅ、目だけはマトモだったのか」


「何だよラーズ。俺の瞳に惚れたのか?」


「遂に男にまで絡みだしたか。マジ狂ってんな…… 

 まぁこいつのことはどうでもいい。

 数日の間こっちの出番は無さそうなんだな?

 じゃあ大将、馬術の訓練をやっときたいんだが、話付けて貰えねぇかな」


ラーズは騎射技能の取得に燃えているようだった。


「判った。すぐに一筆書こう。

 馬はグラニートで良いのかい?」


「あぁ。あいつには借りが出来ちまったし、

 せめて活躍させて立場を良くしてやらんとな」


ラーズは自身の不手際でグラニートを危機に追い込んでしまい、

その上グラニートのお蔭で助かったことを気にしている様子だった。


「ふふ、グラニートも喜ぶんじゃないかな……

 はい、これを持って行くと良い」


サイアスはロイエから受け取った書状に一筆したため、

カエリアの実数個と共にラーズに渡した。

フェルモリア産のグラニートもやはりカエリアの実は好物だった。


「すまねぇな。んじゃ早速行ってくるぜ」


ラーズは嬉しそうにそれらを受け取ると、笑顔で応接室を出た。


「んじゃ俺っちもいくかな。今日もお仕事頑張ってくるぜ!」


そういうとシェドは伸びをして詰め所へと向かった。

普段以上に連携を密にする必要がある現状、

シェドには山ほど仕事があるようだった。


「僕は昨日の続きだね。

 既に組みあがっているから微調整を済ませておくよ」


ランドはそういって笑顔で一礼し、

一旦居室へと引き揚げていった。


「さて、じゃあちょっと休むね。

 午後はゆっくり話でもしよう」


再び一家のみとなった後、サイアスは押し出されるようにして

寝室へと向かい、すぐに深い眠りに就いた。

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