サイアスの千日物語 十四日目
「まぁ体力はこの程度でいいだろ。
後ぁあっちで頑張りな」
疲労から足取りが不安定なサイアスを
涼しい目で見やりつつ、グラドゥスは言った。
「訓練内容は同じはずだ。すぐ馴染む」
初日は村の周囲を軽く走り、
二日目は鎖帷子を着込んで走り、
三日目は鎖帷子を二重に着込んで走った。
そして今は甲冑を着込み、視界の悪いなか
サイアスはガチャガチャとフラついていた。
疲労は酷いが動けぬほどではなく、
甲冑も重いが歩けぬ程ではなかった。
むしろ鎖帷子の重ね着よりはマシだといえた。
総じてこちらの能力に合わせ適度に手加減を
しつつ調整し育成しているのだろう。
そうサイアスは感じていた。
「今日からはちっと戦向きのをやるぞ。
まずは下ごしらえだ」
そう言うとグラドゥスは訓練のために潰した
小さめの畑に無数の線を引き始めた。
手にした槍を器用にくるくると回しながら、
円や幾何学的な模様、数字を追加していく。
「こんなもんか……」
畑には巨大な図面ができあがっていた。
畑自体が書物の1ページのようでもあった。
「よし、まずはそこの1に足を。
そうそう、んで地に足を着けるときは
常にその歩幅を保て。
浮いてるときはどうでもいい」
サイアスは図形中央の円から伸びる
一本の線に片足をのせ、円に向かって立っていた。
「これから学ぶのは、避け方だ。
攻撃姿勢を保ったまま、
いかに攻撃をかわすかを学ぶ」
グラドゥスは円の中心に立ち、
サイアスを見やり説明を続けた。
「攻め方に関しちゃ、今はいい。
あっちで得物を決めてからで十分だ。
どうせ力いっぱい叩き付けるだけさ」
グラドゥスは皮肉交じりに笑った。
「相手は人間じゃないんでな。
色々勝手が違うんだよ」
狙いを定め、刃筋を立てた程度では根本的に
どうしようもない。そんな相手用の戦い方だ、と
そういうことらしい。言わば城砦流というわけだ。
「まずは線と数字を見ながら順に動け。
んで歩幅や足位置をしっかり覚えこませろ。
それができたら」
グラドゥスは円の中心に立ち、
隻腕で槍を長く持ち、振り回した。
「こいつを避けつつやってもらう」
この回避訓練は昼夜を問わず五日間に及んだ。
サイアスの城砦への出立は、二日後に迫っていた。