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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十五日目 その三十二

宴を戦い抜いた200余の兵士らと騎士が帰砦し

未だ城内に歌声の残滓が残る中、城外へと新たな部隊が出動した。

多量の台車に資材を満載した工兵部隊と

それを護衛する第一戦隊の待機部隊であった。

戦闘が終わり、次の戦闘が始まるまでが彼らの戦であったのだ。

第三戦隊兵士と戦隊下部組織である資材部の職人による

混成部隊は皆一様に鋭気を漲らせ、実に手際よく作業を進めていった。

彼らが用いたのは戦陣構築法と呼ばれる特殊な技法であった。


台車を曳いて各所へと散った工兵はまず、

巨大な紙や布を取りだし地面に敷いた。

紙や布には無数の線や円、角度や数字が記載されており、

防壁上から指示し測量する資材部棟梁スターペスらが

確認し許可を出し次第、紙や布の記載に沿って

城内で仮組し番号を記載した部材を紙に設置し、随行した

腕利きの職人たちがそれらを組み合わせ固定し仕上げていった。


原寸大の設計図を地面に敷き、そのまま図面の上に部材を打ち込み

設置していくこの方法は、危険な戦場で作業に当たる時間を

大幅に短縮し、半壊した西の野戦陣を小一時間で完全に修復した。

再構築された野戦陣内部の土壌には昨日同様火計用の仕掛けが施され、

また追加要素として随所に精度の高い鏡面に磨き上げた反射板が設置されて

照明と死角の逓減両面で機能するよう工夫が凝らされていた。

一通り作業を終えた工兵部隊は防壁上のスターペスが

満足げに頷き手を上げたのを合図に一斉に引き揚げていき、

後には三つの小隊が残って東西の野戦陣と城門正面の守備についた。



営舎へと辿り着いたサイアスらはまずは詰め所にて

昨夜の状況報告を兼ね軍議を行うことになった。

サイアスが詰め所奥でベオルクらと卓を囲むとすぐに

いかでか気配を察したらしいデネブが様子を見にやってきた。


「やぁただいまデネブ。軍議をしてから戻るよ」


デネブはコクリと頷き、そのままサイアスの背後に控えた。

ベオルクの供回りもやってきて一同に茶を煎れ、

一服し一息ついた後サイアスは昨夜の指令室での出来事を説明した。


「ほぅ、兵団長か。悪くない。

 そうなると当面お前の配下に関しては

 供回りとしての任務に専念させた方が良かろうな。

 幸いサイアス小隊の面々は皆、特殊技能を持っている。

 お前が兵団長として動いている間は

 戦闘に出さず、そちらで活躍して貰おう。

 身内の安否が気掛かりでは将としてまともに働けぬからな。

 何、宴が済めばお前と共に普段の小隊任務に戻れば良いのだ。

 今は不要な負担を抱え込まぬようにしておけ」


こうしてベオルクの厚意により、

サイアス小隊の面々が別途戦場に出ることはなくなった。


「お気遣い感謝いたします。宴に関しては、

 残る魔はあと一柱という認識で良いでしょうか」


「そうだな…… 何か気になるのか?」


ベオルクはサイアスの問いに言外の含みを読み取った。


「……昨夜参謀長から、

 魔は兵士や眷属の死体を用いて繭を作り

 受肉して顕現するのだと伺いました。

 そして受肉した魔の生命体としての寿命は

 精々数日間しかなく、その後再び高次の概念へと戻るのだと」


「ふむ。その言に偽りはないようだ」


「ただ、それだけでは足りぬ気がするのです」


「成程、そうだろうな」


「……」


ベオルクのどこか人を食った物言いに

サイアスはしばし思案した。


「フフ。別にはぐらかしている訳ではない。

 問われた内容には真摯に答えるぞ。だがお前の任務には

 今後こうした言葉のやり取りによる駆け引きも増えてくる。

 それに備えてお前の成長を促すためだ。不本意ながら沈黙しよう。

 不服あらば自らの言葉で答えを引きだしてみるがいい」


不本意といいつつ楽しげなドヤ顔をして

ベオルクは勿体振りヒゲをキメてそう述べた。

サイアスはベオルクを暫しジト目で見つめた後


「いじわるおヒゲ」


とむくれ、ベオルクの供回りが噴き出した。


「何だと!?」


呆気に取られ、次いで気色ばんだベオルクに

澄ました顔でサイアスは


「ベリルに黒おじさまにいじめられたって

 言いつけてきますね」


と追い打ちをかけて席を立ち、

ベオルクは明確に慌てだした。


「待て、待たんか!」


「おや話す気になりましたか」


「おのれ姑息な手を」


「何とでも。所詮結果が全てです。

 そして効くなら躊躇なく使って見せる。

 それが武略というものです」


サイアスはドヤ顔でそう言ってのけた。

伯父のグラドゥス以外には、滅多に見せない表情であった。


「頼もしいわね」


くすくすと忍び笑いのマナサが頷き


「お主も悪よのー」


とデレクがおどけた口調で言い、茶を啜った。

周囲は魔をも斬り伏せた恐るべき魔剣使いベオルクと

人魔の別なく手玉にとる魅惑の兵団長サイアスとのやりとりを

ニヤニヤと楽しげに見守っていた。


「素直に話せば氷菓とラインの黄金が出ますが」


そして生暖かい視線が見守る中、

サイアスは間髪入れず畳み掛け


「包み隠さず全てを話そう」


ベオルクは一瞬で陥落した。


「成長を促す話はどこいった……」


デレクは呆れてつっこんだが


「ほう、お前は呑まんのだな」


と言われて


「まさか! 御英断にて!!」


と慌てて掌を返し敬礼してみせた。


「よしサイアスよ。話すゆえまずは酒と菓子を出せ」


ベオルクは妖しい笑みを浮かべて

優しげにそう告げた。が、


「話が先です」


とサイアスは涼しい顔でこれを拒否した。


「チッ…… ではせめてここへ持ってこい。

 続きはそれからだ」


ベオルクは苦々しげにそう言い、


「いいでしょう。デネブお願いね」


サイアスは薄く笑って頷き、デネブに居室へと向かわせた。

マナサはもはや堪えきれず、コロコロと声を立てて笑っていた。



「先にも言ったが参謀長の話に嘘はないのだ。

 宴で顕現する魔の数にもな。

 だが宴以外で顕現する魔もまた存在し得るということだ」


デネブが持参した氷菓とラインの黄金にソワソワしつつ

ベオルクはその様に語った。


「どうやって?」


「無論屍を以て受肉して、だ」


「ふむ?」


「魔も公爵級となると、

 人魔を問わず他者の精神に直接自分の意志を送り込んで

 疎通し屈服させ支配化に置くことができる。

 この精神干渉は非常に強力でな。

 中々に抗し難く、我ら騎士とて自我を保つのは難しい。 

 元より臣従する眷属などはまるで抗うことができんようだ」


「ふむ」


サイアスはかつてセラエノと共に戦った四枚羽の羽牙が

編隊を見捨てて引き揚げていったことを思い出していた。


「つまり魔が死ねと命じれば躊躇なく死ぬわけだ。

 そこで黒の月の最中、城砦の遠方で眷属を一つ所に集め、

 互いに殺しあえと命じて無数の屍を積み上げて」


「そこに顕現、か……」


「まるで蠱毒こどくね」


マナサの妖艶な眼差しに鋭い光が宿っていた。

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