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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十五日目 その三十一

「オッピよ、怪我はもういいのか」


「おぅ団長。

 祈祷師どもがそりゃもう凄い形相で取り付いてきてな……

 あっという間に治されちまったぜ。まぁ元々浅手だったしな」


オッピドゥスは苦笑してチェルニーに答えた。


「お前の負傷は防壁の損壊に等しいからな。

 そりゃ必死だろう」


祈祷師によじ登られて神妙な顔で治療を受けるオッピドゥスを

想像して、ローディスはクツクツと楽しげに笑った。


「まったく大げさなんだよ。

 あの程度じゃカミさんの足元にも及ばんぜ。

 蹴込みで四日は寝たきりだったからな……」


「お前の嫁は人類か?

 いや、答えなくていい……」


ローディスは深く追求するのを止めた。

オッピドゥスと負けず劣らず恐妻家のチェルニーは

話題が自分に及ぶのを畏れ挙動不審となっていた。


「おぉ、それよりも見ろ。

 大金星の立役者が降りてきたぜ」


オッピドゥスの視線の先、兵士らの待機する北方上空から

兵団長サイアスを抱えた参謀長セラエノが純白の翼をはためかせ

ゆるりと降りてきた。二人とも白を基調とした装束であるため、

まさに天使の地上へと舞い降りるが如しであった。

城砦南門のある座標5ー15の南の外れに騎士隊がおり

その後方である北側に各戦隊残存戦力が整列して待機していたが、

セラエノは兵らの上空を北から南へとかすめて

騎士隊と兵らの狭間へそっとサイアスをおろした。


「やぁやぁ御一同。

 ご注文はこちらの歌姫で良かったですかー」


セラエノは地に足を付けたサイアスの肩に手を置き、

軽く羽ばたいて宙に浮いたままその様に告げた。


「うむ。そこに置いていってくれ」


チェルニーはさも当然のようにそう応じた。


「毎度どうもー。じゃぁサイアスまた夜にね!」


セラエノは無邪気さすら感じさせる仕草でサイアスに

別れを告げ、あっと言う間に本城上方へと飛び去っていった。

セラエノとサイアスの派手な飛翔と登場に兵らは沸き立ち、

隊伍はこれを包むように前掛かりとなってやや乱れたが、

指揮官たる騎士たちは敢えて咎め立てることはしなかった。

サイアスはもはや家族並みに親しみを感じるセラエノが飛び去るのを

手を振り微笑して見送ったのち、表情を引き締め騎士たちへと振り返った。



「団長並びに騎士会の皆様方。

 御美事な戦振りで御座いました」


サイアスは敬礼し、毅然とした態度でそう述べた。

先刻までの戦における100に近い死者を思うと

どうにも祝いの言葉が出ては来ず、

今のサイアスにこれ以上の賛辞は思い付けなかった。


「ほぅ、こりゃ確かに女どもが騒ぐはずだぜ。

 俺よりちぃとばかし男前かもな」


「貴様!! 不遜にも程があるぞよ!!」


ファーレンハイトが腕組みしてサイアスを評し、

最早許し難しとウラニアが叫んだ。

その様子を見て騎士も兵士も楽しげに笑い、

サイアスはそこはかとない違和感を感じていた。

彼らは皆、取り立てて死者を悼む風ではなかった。

むしろ話題にするのを避け、務めて明るく振る舞っていた。

無論彼らの生来の気質もあるのだろうが。


そうした様子に戸惑いを覚え、

サイアスは馴染深い四戦隊の騎士の方を見た。

するとデレクは両の人差し指を両の口角に当てて

持ち上げてみせ、マナサは目で微笑み、ベオルクは頷いていた。

サイアスは目の覚める思いだった。自分が成すべきことを悟ったのだ。


兵士らを率いる立場の自分や騎士、すなわち将たる者が成すべきは、

その哀しみに共感し、戦死者を悼み嘆くことではない。

その猛る魂と共闘し、戦に臨み勝利へと導くことだ。

平原に住まう無数の命を守るため、最後の一兵が倒れ自らも力尽きる

その瞬間まで、顔を上げ声を上げ、兵を鼓舞して戦うことなのだ。

死者を悼むのは戦を終えた後でも構わない。

死者にはもう敵がおらず、死者はもう、急がないのだから。

では多くの仲間を失い、自らもまた死地に臨んで

健気にも勇ましく戦う生きた兵士たちのために

今、自分がすべきことは何か。指令室で、そして去り際に。

セラエノが二度も教えてくれていたではないか。

サイアスはその様に思い至り、しばし瞑目し、頷き。そして歌った。



澄明な声で紡ぐ穏やかな荘厳さを纏ったその旋律は

さざ波やそよ風の様に緩やかに高低を行き来し

無数に想起される苦難を乗り越え遂に手にした勝利を歌い、

栄光を胸にさらなる高みを目指し再び歩む勇者たちを謳っていた。

旋律は調を変じサイアスは思いを抱え祈るように手を合わせ、

さらなる変調と共に思いを解き放つように手を拡げた。

その歌声は騎士や兵士たちを包み、夜明けの荒野に染みわたった。

そして周囲に集う200を超える兵士と騎士が見つめ、

さらに防壁や城門に詰めるさらに多くの兵士が見守るなか、

やがてサイアスは旋律を終えた。


余韻を残す静寂の後、喝采と拍手の波がサイアスを包んだ。

サイアスは騎士や兵たちに笑顔で応えてみせた。


「……堪らんな」


「うむ。流石は誓いの歌姫だな」


サイアスは自らを素直に讃える騎士らにも笑顔を向けた。

今は敬礼が似つかわしくないと思ったからだ。

その様子に満足して、騎士たちは明るく笑っていた。



「さながら美酒の如しだな。サイアスよ。

 実に見事な歌声だ。そして見事な策だったぞ」


チェルニーもまた笑顔で何度も頷いていた。

サイアスは微笑と会釈でこれに応じ、

表情を引き締め雰囲気を換えて、

朗朗とした声で語りだした。


「策はあくまでも策。空論に過ぎません。

 これに血を通わせ現実のものとし勝利を得たのは

 騎士隊の武略、軍師衆の智謀、そして……」


サイアスはそこでやや間を置き、耳目を集中させた上で

熱い眼差しを注ぐ200余の兵の群れに向き直り、



「諸君らの勇気があったればこそだ!」



と勇ましく凛々しい声で宣言した。



ザザッ、ザン。



一糸乱れず威儀を正し、

隊伍を整え兵士らはサイアスへと向き直った。

防壁や城内から見守る兵らも同様であった。


一たび軍勢を率い死地へと誘ったからには、

迷ってはならない。最後まで演じ抜かねばならない。

戦士の英霊を天上の殿堂へ導く戦乙女ヴァルキュリヤの如きその役を。



「諸君らは示した! 力及ばずとも魔に立ち向かう勇気を!

 諸君らは成した! 力合わせ一丸となり魔を討つ大義を!

 

 いかな魔であれ、畏れず怯まず挑めば倒せるのだ。

 兵士も騎士も関係ない。一丸となって戦いぬくぞ!!」



サイアスは叫ぶと共に八束の剣を抜き放ち、

切っ先を天に向け胸前へと構えた。

鋭く涼やかな金属音が木霊して、

激戦を生き抜きなお戦わんとする不屈の意志持つ

勇者たる兵士らは一斉に武器を掲げ、剣礼に応じた。



「兵たちよ! その闘志、天に向かって解き放て!!」



サイアスは八束の剣を高らかに掲げ、叫んだ。

兵士らは押しとどめられてきた水流が堰を破り奔流となり

激流となって溢れだしたが如く天に向かって雄叫びを上げた。

サイアスはその様に不敵な笑みで頷いていた。



「騎士を通りこして王になっちまったなこりゃ」


デレクが地に突き立てた槍斧にもたれ掛かり、

腕組みしつつニヤニヤと頷いていた。


「素敵ね。サイアスになら喜んで仕えるわ」


かつて三夜で二つの王国を滅ぼしたこともある

泣く子も黙る「皆殺しのマナサ」は目を細め微笑んだ。


「まぁこのワシが仕えようというのだ。

 これくらいは当然であろう」


ベオルクはヒゲを撫で勿体ぶってそう言いつつも

すっかり相好を崩していた。



「……ヘッ」


剃髪黒衣の威容の騎士ファーレンハイトは目元を潤ませていた。

強面の偉丈夫ながら豊かな感受性を持っている様だった。


「ファーレンハイト。お前の気持ちは判る。

 だが他ならぬサイアスが耐えているのだ。

 お前が泣いてはならん」


「……ハハッ」


ローディスの言葉にファーレンハイトは身を引き締めた。

騎士たちは皆、兵を鼓舞するサイアスの雄姿に

在りし日の第四戦隊長にして武神ライナスの姿を重ねていた。

ライナスの戦死から、まだ半年と経ってはいない。

一年の大半を荒野での魔や眷属との戦いに費やしていたライナスと

その子サイアスがこれまでに接した時間はとても短いものだったろう。

それでもサイアスは悲壮なる覚悟を以て父ライナスの遺志を継ぎ、

その見えぬ背を追い日々戦い、今こうして多くの兵を鼓舞していた。

かつて父ライナスがそうした様に。


「夜も明け随分明るくなってきた。

 次の夜もある。そろそろ備えねばなるまいな」


騎士団長チェルニーがどこか名残惜しそうにそう告げ、

サイアスは振り向き威儀を正した。

サイアスの背後で兵たちも一斉に同様に動いた。

チェルニーはその様に満足げに頷き、


「よし、総員、帰砦せよ!

 その身を休め次なる戦に備えるがいい」


その場に集う200余名は一斉に敬礼し、

隊伍を整え行進を開始した。

そしてそれに合わせ、再びサイアスの歌声が響いた。


それは明るく勇ましく、そして軽快な行進曲。

平原に広く親しまれた、凱旋する兵士たちの歌だった。

軽やかに紡がれ一巡したその調べに

兵の中でも一際目立つセメレーが際立つ高音を合わせて歌い、

他の兵士も次々にこれに従い200の歌声が溢れ

騎士らもまた楽しげに微笑み、歌っていた。

防壁や城内の兵らも歌声は鳴り、

次々に拡がり繋がって城砦全体から響き渡った。


「はは、凄ぇ時代になったもんだ」


騎士の一人がそう言って笑った。チェルニーは苦笑し、

朗朗と闊達に歌う騎士や兵士らの表情に目を細めて

城砦騎士団の黄金期の幕開けを感じていた。

作中に登場した歌は以下の楽曲の主旋律をモチーフとしています。

1曲目:「見よ、勇者は帰る」(G・F・ヘンデル「ユダス・マクベウス」より)

2曲目:「凱旋行進曲」(G・ヴェルディ「アイーダ」より)

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