サイアスの千日物語 四十五日目 その二十七
サイアスの発案による三段構えの策を実現するにあたって
まず問題となったのが、騎士隊との連携をどう図るかであった。
サイアスの策はあくまで貪隴男爵の行動を阻害するものでしかなく、
それ自体に魔に有効な何らの攻撃力をも伴わなかったからである。
これに呼応する形で騎士隊が動き攻撃せぬのなら、
全てが無駄となってしまう。騎士隊と貪隴男爵が対峙するのは
野戦陣から200歩は離れた平地であり、伝令を飛ばすにも
ブークの矢で報せるにも不都合があった。
それらは貪隴男爵に策謀ありと知らしめる結果を招いてしまうからだ。
そこで採用されたのが、策の一手目でもある光の反射であった。
狼煙と同様専ら遠距離通信の手段として用いられるこの手立ては、
平原からの輸送部隊が平原西端の廃墟を発つ際に
城砦の位置や護衛部隊の展開状況を報せる目的で頻回に使用されており、
騎士団の幹部格であれば誰もが馴染みのあるものだった。
つまり兵士100名の放つ閃光の断続性は
嫌がらせであると同時に伝令の機能をも果たしていた。
「ひかり のち あめあられ」
閃光はこの様に告げていたのだった。
騎士団長チェルニーをはじめオッピドゥスやセルシウス、
さらにファーレンハイトと言った戦隊を率いる立場の騎士たちは
すぐにこの暗号文に気付き、「あめあられ」に備えた。
またチェルニーの号令に他の騎士もはっとして暗号への理解が及び、
「あめあられ」を合図として猛攻を仕掛けるべくその一瞬に備えていた。
もっともせいぜい矢の一斉射程度だろうと予測していた
「あめあられ」の正体が、黒塗りの即席破城鎚の一群であるとは
流石に誰も予想しておらず、度胆を抜かれ、そして苦笑していた。
ともあれこうして騎士隊13名は、いささかの間隙も余裕も与えず
束縛された貪隴男爵へと殺到することができたのだった。
自らの怒りと挙措が操られたものであったと悟った貪隴男爵は、
恐ろしい程澄み切った冷徹さで状況への対応を開始した。
簡潔に結論のみ言えば、自身の下半身を諦めたのである。
貪隴男爵は座標6ー13の北端付近、
本来野戦陣の外壁が構築されていた辺りで
周囲を多量の破城鎚の柱に囲まれ動きを止めていた。
そこに右側面やや後方から武器を振りかざした
騎士隊が無言で殺到しこれに肉迫した。
状況に硬直したほんの数拍のうちに取り返しのつかぬ程
騎士隊に肉迫されたことで、家屋数軒分はある巨躯の全てを
その間合いから外すことが不可能だと判断した貪隴男爵は
まずは首を大きく左へと振って
角と頭部で自身の左前方の破城鎚の柱を数本薙ぎ払った。
と同時に右側面から殺到する騎士隊鳳翼陣左翼の一隊が
一糸乱れぬ手際の良さで掛かり稽古の如く次々と同じ場所、
すなわち右後足の中程へ向けて刺突や斬撃を繰り出した。
しかし人の中の絶対強者とはいえ、
貪隴男爵の体積や質量の1割にも満たぬ小兵の打ち込みでは
不意打ちと言えど十分な損害を与える事ができず、
末端たる四肢であっても破砕できず浅手を与えるに留まった。
一方首を左へと振った貪隴男爵は
その動きを活かして体幹を中心として下半身を右方へと振り出し、
騎士隊左翼の攻撃陣4名による再攻撃を体当たりで弾いてみせた。
これによりアクタイオン他1名が吹き飛ばされ、
地に叩きつけられて昏倒し、そのまま戦闘不能となった。
巨体であれ小兵であれ、捻った身体は元に戻ろうとする。
体幹を中心に右へと振り出した下半身は再び元の左方へと向かい、
左へと振るった頭部もまた元の位置に戻るべく右方へと向かった。
この自然にして不可避な戻りを捉え、右に戻る頭部目掛けて
今度は騎士隊鳳翼陣右翼4名が襲いかかった。
まずヴァンクインが回避不能な至近距離から
両の手で計8本の飛刀を投げつけ、右目を狙った。
貪隴男爵は恐ろしい表情で飛刀とヴァンクインを睨みつけ、
目に突き立つギリギリのところで頭を低くし急所を外した。
ヴァンクインの飛刀は事もなげに全て弾かれたが、
ヴァンクインの狙いは元より姿勢を低くさせることだった。
首を竦めつつ低く下した貪隴男爵の頭部、
その右のこめかみから伸びる牡牛の如き豪壮な角目掛けて、
ウラニアが月下美人と共に残像を伴って斬り掛かり、
神速の強襲斬撃「雪月花」を放った。
銀の繊月たる月下美人は
歪な鉄柱の如き右の大角と額から伸びる右の飾り角を切断し、
さらに頭部に一太刀を浴びせることに成功した。
次いで間断なく後続の騎士が戦斧を振りかぶり、
突撃するかに見せて右手を腰へと回し、
皮袋に詰まった粉末を盛大に周囲にぶちまけた。
そして最後尾のファーレンハイトが
火口入りの皮袋を放り投げ、長刀で打ち据えつつ斬り込んだ。
飛び散る火花で爆発音と共に粉塵が着火。
長刀の刃に炎を纏わせ裂帛の気合と共に斬撃が走り、
庇う角を失った貪隴男爵の驚愕と恐怖に満ちた横面を
斬り裂き焼いて右の視力を奪い、絶叫させた。
光と炎と苦痛と屈辱を味合わされ、
辛酸の窮みを得た貪隴男爵は大口を開けて咆哮し、
連なる長剣のごとき牙でファーレンハイトを食い千切ろうとした。
しかし右翼4名は一撃離脱を採っており、既に後方へと逃げ去っていた。
視界を奪われ一手無駄にした貪隴男爵は自身の右後方、
見えぬ位置から低く重い声が響くのを聞いた。
「よぉ貪隴。さっきの礼だ。取っておけ」
大地が揺れ、大気が震えた。
激震と雷声が荒野を奔り、あらゆるものが瞠目した。
密着し、腰を落として震脚し、鉄となりて敵を撃つ。
それは第一戦隊長オッピドゥスの奥義にして
城砦落としの二つ名を持つ絶招「鉄山靠」の一撃であった。




