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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十五日目 その二十一

「参謀長閣下、戦況の分析を願います」


余りの展開に唖然として、一時役目を忘れた自身の迂闊さに

苛立ちを感じつつ、サイアスは毅然とした表情でセラエノに問うた。

セラエノは仄かに微笑んだ後映像へと目を向け、軍師らの分析を

総合しつつ、軍勢の司令官としては初陣のサイアスに答申した。


「了解した。

 現在座標6-13南西付近において、

 顕現した魔獣『貪隴どんろう男爵』と

 騎士団長率いる騎士隊13名が対峙している。

 現場は南に向かって2度程度のごく僅かな下り勾配が

 あるのみで、遮蔽物が無く開けた地形をしている。

 

 騎士隊は騎士長オッピドゥス閣下を含めて第一戦隊から4名、

 第二戦隊から8名の計12名の城砦騎士と、これを率いる

 自身も騎士であるチェルニー閣下によって構成されている。

 騎士隊は単純な累計戦力指数では貪隴男爵を上回っているが、

 個としての能力は圧倒的に劣っている。

 まともにぶつかれば確実に被害が出るだろう。

 

 現在騎士隊は東側に位置し、西に立つ貪隴男爵と対峙している。

 野戦陣からは騎士隊の右、貪隴男爵の左側面が見えている状態だ。

 また騎士隊は『龍爪陣りゅうそうじん』を敷いている。完全にカウンター狙いだね」



龍爪陣とは基本陣形である後鋭陣を発展させた上位陣形であり、

波濤はとう陣や堰月えんげつ陣同様、専ら騎士が用いる戦闘様式である。

形状としては、敵に対して右翼を高く伸ばした斜線陣を形成し、

斜線の中央にやや短い左への斜線を線分として接合した様相を呈していた。

長さの異なる両翼の最先端には右に最も防御力の高い兵を、

左に次点の兵を置き、そこから右の斜線上に守備を担う兵を

左の斜線上には攻撃を担う兵を連ね、斜線の交点より後方に

補助を担う兵が立ち、最後方に指揮官が立つ。


俯瞰すると「У」に近い形を成すこの陣形は、

横方向への展開力が高く、交点の前方であれば

敵がどこに攻撃してきても即座に反撃が加えられる反面、

縦方向への展開力が低いため飛び出し主体の強襲には向かず、

戦況に即応して連携を行い得る練度と戦術理解の高さが

運用の鍵となっていた。けだし構成員が指揮官たる

騎士の集団であるからこそ可能な陣形と言えた。



「貪隴男爵の特徴としては、何といってもその屈強な体躯だね。

 膂力や体格が70を超えている。膂力70と言うのは、

 踏みつけで小規模な地割れが発生する程度だと思ってくれ。

 縦への突破力は驚異の一言で、体当たりで外郭の防壁が

 崩れたこともあるくらいだよ。

 

 攻撃方法それ自体は外見から推測される通り

 一般的な獣と大差ないが、破壊力は余りに桁違いさ。

 それでも曲者だらけの魔の中では、まだ対処しやすい方だけれど」


「横方向への動きはどうですか」


サイアスは分析の精度を上げるべくその様に問うた。


「十二分に鋭い。ただし巨体ゆえに、

 俊敏ではあるが体移動の総量は低い。

 特に方向転換は苦手な部類だと言えるだろう」



動きの速さは膂力が高ければ高い程大きくなる。

敏捷は専ら切り返しの速さに関わるが、巨体だと

素早く動いても全身を完全に別の場所へと移すには

相応の時間が掛かる。要するに小回りが利かないのだ。

貪隴男爵は全てにおいて高次元である前提の上で、

縦に強く横はそれなり、旋回は苦手だとサイアスは理解した。



「龍爪陣は、かなり危険なのでは……」


当然の帰結と言えるサイアスの問いに、


「その通り。油断一つであっさり全滅だね。

 ただし横方向の動きに特化しているし、あの布陣は

 正面から相対あいたいした場合、距離感に錯覚を発生させやすい。

 個として強い騎士がやる分には十分機能するだろう」 


とセラエノは答えてみせた。


「貪隴男爵の目的は、何でしょうか」


続いてサイアスはまたしても

本質的だが抽象的な問いを投げかけた。

こうした問いは一瞬の連続で全てが決まる現場では

無用のものであるが、全体を見通し戦を政と

して扱う司令官には必須の要素と言えた。

セラエノはサイアスの戦略的な意図を

十分くみ取った上で、丁寧な返答をおこなった。


「破壊と殺戮、と言いたいところだけれど……

 私は『宴そのもの』だと考えている。

 単に魂を喰らうだけなら寝ていても勝手に眷属が

 貢いでくれることを想えば、わざわざ出張ってくる

 その理由は単なる敵意殺意に留まらないのではないか、

 という見解だ。

 

 例えば君が夜中にふと目が覚め、表に出ると大勢が

 集まって賑やかにお祭りを楽しんでいたとしよう。

 色々な出し物や珍しい品々、美味しそうな食べ物がたくさん。

 歓声や歌声、軽妙な音楽も聞こえてくる。そんな状況を想像してくれ。

 

 取り立ててやることもない、ふとした折に

 そういう状況に出くわせば、ちょっと覗いてみようかな

 と考えるのは割りと自然なことじゃないかな。

 我々人の感覚で魔の意図を類推すること自体無理筋ではあるけれど、

 敢えていえばそんなところかな、と私は見ているよ」


「ふむ……」


セラエノの問いはあくまで人の立場に立ったものではあるが、

そもそも本能の部分では人も獣も魔も生物である以上

大差ないのではないか、とサイアスはその様に理解した。



「宴は楽しむものであるという

 閣下の見解には大いに賛同できます。

 我々より遥かに長い歳月を生きてこられた閣下の

 仰り様だから、というのもありますが」


「確かにな」


アトリアが頷いて見解を述べ、

ヴァディスが腕組みして頷いていた。


「ふふ、長く生き物やってると、

 どうにも刺激に飢えてくるものさ。

 私だってふとした折に、世界の一つも滅ぼしてみようかな、

 なんて思う事が無いわけではないしね。やらないけどね!」


「閣下は大丈夫でしょ。普段から散々発散してますし?

 むしろ周りが世界廃滅の軍を起こしそうですよー」


セラエノのドヤ顔にフェルマータがちゃちゃを入れた。

フェルマータはちゃちゃを入れつつも手元では玻璃の珠を

操って記号や数式を映し出し、しきりに計算しているようだった。

サイアスはセラエノを始めとする軍師らから得られた情報を

反芻し、幽かに目を伏せ思案に没頭した。


「ん? どしたーサイアス。

 ほら、お姉さんに何でも言ってごらん」


「閣下、流石にお姉さんはないわ……」


セラエノのセリフにフェルマータがゲンナリとし、

軍師衆からも失笑が漏れた。


「ぅ、うるさいな! 

 いいだろ見た目は若いんだから!」


セラエノは冷やかしにプンスカと怒っていた。

一連の軍師らの掛け合いによって、どうやら何か得るものが

あったらしく、サイアスは不敵な笑みを浮かべだした。


「一手、思い付きました。フフフ……」


「おぉ、悪そうな顔だー」


サイアスの表情に迅速にフェルマータがツッコミを入れ、

手空きの軍師衆はどこか楽しげな表情でサイアスを見やった。


「ほぅ? なかなか良い表情をしてるじゃないか。

 どれ、本物のお姉ちゃんに話してみろ」


ヴァディスの催促を受け、サイアスは自らの策について語り出した。

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